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2015年5月16日 (土)

山地拠点都市構想(その79)

山地拠点都市構想(その79)

第1章 山の魅力 第4節 多摩川源流日記

  だいぶん昔のことであるが、「多摩川の源流を訪ねる会」で多摩川の源流を旅した。丹波山で泊まり、笠取山の水干(みずひ)神社にお参りする旅である。白装束こそしていないが、「六根清浄、お山は晴天」・・・・信仰の山登りにも似たすがすがしい源流登山である。
 「多摩川の源流を訪ねる会」も会を重ねて今年で15年目になる。これを始めた三谷さんや梅田さんの最初の思いはまあたいしたこともなく「多摩川の源 流はどうなっているのか? ちょっと行ってみるか。」という程度のごく軽い気持ちであったようだ。しかし、会を重ねる内に、多摩川源流のすばらしさに引き 込まれて、今では、「多摩川沿いに住まう多くの人々が真の多摩川を知り、人の手によって、人の輪によって、クリーンな多摩川を復活させる先駆けにになれば と思っています。そして、21世紀には、是非ともさらに美しい母なる多摩川を次の世代に手渡していきたいと思っています。」と言っている。すばらしい活動 目標ではないか。
 「富士に登るも一歩から」の喩え(たとえ)のように、何ごとも最初はあまりあれこれ考えずにともかく始めることなのであろう。堀内さんが「軽卒のす すめ」を言っておられるが、何か閃い(ひらめい)たら、一見軽卒に見えようともともかく始めるのがいいのかもしれない。西堀栄三郎さんの有名な言葉に「石 橋は叩いて渡れない」というのがある

当日は、いつものように川崎班と世田谷班とに分かれてバスで丹波山に向かった。途中、羽村堰を見て、奥多摩湖で昼食。丹波山では、中村文明さんが中心となってシンポジュームが開かれ、私たちも参加した。夜は「かどや旅館」でいつもの楽しい交流会だ。食べ切れないぐらいの山の幸に舌鼓(したづつ み)を打つのもいつもの通りだ。地元の奥さん
たちがもてなしてくれる。すっかり恒例になってしまった。私は明日の朝が早いので少し早い目に寝たが、呑んべ いたちは夜遅くまでワイワイガヤガヤやっていたらしい。
 丹波山は夜の明けるのが遅い。次第にまわりが白々(しらじら)と白みはじめると、西の山がモルゲンロートに輝きはじめ、ようやく神々が目覚めはじ める。妖怪どもは身を潜め(ひそめ)、人々の生活が始まる。実際の生活は端(はた)から見るほどには豊ではないのかもしれないが、丹波山の生活は、その風 土に恵まれてイキイキと輝いていると私には見える。

さあ、今日一日の行動開始だ。

http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/tamagen.pdf

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