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2015年4月30日 (木)

山地拠点都市構想(その74)

山地拠点都市構想(その74)

ホワイトヘッドは、文化とは「文明化された宇宙」であると言っているが、「自然と神」、それは「宇宙」そのものである。したがって、私たちは、田舎というか山地において、「自然」と響き合い、「神」と響き合い、「宇宙」と響き合うというのが「知恵のある国家」における最高の文化なのである。「響き合い」、それは思想的に言えば「協和」という言葉で表現した方が良いかもしれない。私が「共和」というとき、それは「自然」と響き合い、「神」と響き合い、「宇宙」と響き合い、「人々」との響き合いのことである。そういう「共和」が現実的に行いうるのは、自然と人情豊かな人々に恵まれた田舎である。山地である。その再生を図らなければならない。過疎地域における「地域コミュニティ」の再生を図らなければならないのである。
今、日本は、世界に先駆け、「地域コミュ ニティの自立」の問題と取り組まなければならない。現実は混沌とした「矛盾社会」ではあるが将来に希望はある。市場経済の中に、一部、贈与経済(地域通貨)を取り込むなど、「地域コミュニティの自立」のための新たな取り組みの中に大いなる希望が湧いてくる筈だ。響き合いつまり「協和」という希望だ。
「農」は国の基本であり、地域の基本である。「農」を基本とした地域の自立的発展を図らない限り、地域コミュニティは崩壊をつづけ、やがて日本は崩壊するに違いない。これからは心の時代である。家族農業も大事にし、「協和」を旗印に、輝かしい「地域コミュニティ」と日本を創っていきたいものだ。

そういった私の基本認識に基づいて「山地拠点都市構想」を書いたのがこの後編である。後編では、二地域居住、クラインガルテン、わが町を美しく、道の駅、地域通貨、などについえ詳しく論じるつもりだ。

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