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2015年3月20日 (金)

山地拠点都市構想(その7 再掲)

今私は、山地拠点都市構想というテーマで一連の記事をアップしておりますが、その72をもって前編が終わりました。今後、後編になる訳ですが、後編に入る前に、もういちど前編のはじめに書いた記事(山地拠点都市構想その1~8)を振り返っておきたいと思います。

山地拠点都市構想(その7)
前編のはじめに(7)

宇宙について、「ミチオ・カク」は、著書「超空間」では次のように述べている。すなわち、
『 現在の弦理論の興隆は、カリフォルニア工科大学のジョン・シュワーツと、ロンドンのクイーンメリー大学のマイケル・グリーンの共同研究に始まった。1984年、この二人の物理学者が弦について全く矛盾のない条件が成立することを証明したのである。これが発端になり、若手の物理学者たちが先を争って弦理論に取り組み始めた。1980年代後半には、まさに「ゴールドラッシュ」と呼べるような競争が物理学者たちの間で始まっていた。現在では、世界でももっとも優秀な理論物理学者たちがこの理論に決着をつけようと躍起になっており、競争は実に熾烈な状況になっている。』

『 弦理論の本質、それはこの理論が物質と時空の両方の性質を説明できるという点にある。弦理論は、これまでの物理学者を悩ませてきた粒子についての難問二大して明確な解答を与えてくれる。例えば、何故自然界にこんなに多種多様な粒子が存在するのか、といった問題だ。弦は、陽子の1000億×10億分の一という恐ろしく小さなものなのだが、振動している。この振動のそれぞれのモードが、特異的な共鳴つまり粒子に対応しているという。この弦は非常に小さなものであるため、ごく近くで拡大してみない限り、それが弦の共鳴なのか粒子なのかをはっきり判別することができない。何らかの方法で拡大して観察することができれば、粒子が点ではなく、振動する弦のモードであることが判るはずだ。こう考えると、一定の周波数で振動する共鳴の数だけ粒子が存在するということになる。共鳴という現象そのものは日常生活でもなじみの深いものだ。』

『 バイオリンの弦はさまざまな周波数で振動する。弦は無限に異なる周波数で振動させることができる。バイオリンの弦がどのように振動するのかさえわかれば、無限にある音色の性質は即座に理解できる。これと全く同じで、宇宙に存在する粒子も、それ自体基本的な要素ではない。つまり、電子がニュートリノより基本的であるということはない。粒子が基本的に見えるとすれば、それは我々の装置の倍率がまだ十分ではなく、粒子の構造を明らかにできないためである。弦理論によると、素粒子を何らかの方法で十分に拡大して観察することができれば、振動する小さな弦が見えるという。この理論に従えば、物質とは小さな弦が織りなすハーモニーにすぎない。バイオリンで演奏する無数のハーモニーを作曲することができるように、多数の粒子の存在を説明することができる。宇宙全体は、無数の振動する弦で組み立てられた壮大な交響曲にたとえることができるだろう。』

『 我々は、物質エネルギーと時空の両方を包括することのできる統合的な理論、弦理論をついに手にしたのである。弦が矛盾なく運動できるための条件は、驚くほど厳しい。例えば、この条件によって三次元や四次元の空間を運動できない。弦は特定の次元でしか運動できないのだ。実際、弦理論で許される「魔法の数字」は10次元と26次元だけである。幸い、この二つの次元で定義された弦理論には、自然界に存在する基本的な力を統一するだけの「余裕」がある。』

『 弦理論には、自然の基本法則をすべて説明できるだけの十分な奥行きがある。弦理論の出発点は振動する弦というごく単純な理論なのだが、この中からアインシュタインの理論、カルツアークライン理論、超重力理論、標準理論、大統一理論まで、あらゆる理論を導き出すことができるのだ。弦という純粋に幾何学的な概念から出発して、過去2000年間にわたる物理学の進歩を一望できるというのは、まさに奇跡としか思えない。』

『 1863年、生物学者のトーマス・H・ハクスレーは、「人類にとって最大の問題。すなわち、あらゆる問題の背後にあり、しかもどんな問題よりもはるかに興味深い問題とは、自然における人間の位置と、人間と宇宙との関係を解き明かすことである」と語っている。宇宙論研究者スティーブン・ホーキングは、今世紀中に統一の問題は解決されるだろうと語っている。また、ホーキングは、物理学の根底にある本質的な原理をできる限り多くの人々に説明することの必要性について次のように書いている。「我々が完璧な理論を発見しようとするのなら、それはごくわずかの科学者だけでなく、原理的には誰にでも理解できるものでなければならない。そうすれば、哲学者であろうと、科学者であろうと、あるいは一般の人々であろうと、だれもが、<我々と宇宙がなぜ存在するのか>という議論に参加できるようになるはずだ。そして、もしこの問題に対する解答が得られれば、それは人間の理性の究極的な勝利と呼ぶべきものになるだろう。このとき我々は、<神のみ心>を知ることになるのである。』・・・と。


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