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2015年3月16日 (月)

宮沢賢治と比叡山延暦寺

比叡山延暦寺に宮沢賢治の歌碑があることはあまり知られていない。ましてや、賢治の命日である9月21日に、延暦寺によって賢治忌法要が行われていること を殆どの人は知らないであろう。 賢治は生涯で関西旅行を2度行った。1度目は盛岡高等農林の修学旅行、2度目は父政次郎との父子比叡山参詣旅行であり、延暦寺にていわゆる比叡12首の歌 を詠んだ。信仰を含めて延暦寺との深いご縁があったのである。延暦寺では年間300回以上の法要があると聞いている。多くは延暦寺歴史に残る高僧で、民間 人は3名しかおらず、賢治はその一人とのことである。
賢治の歌碑は、昭和32年(1957)9月21日、賢治25回忌に根本中堂(国宝)前に建立された。それには、比叡12首の冒頭に詠まれた「根本中堂 ね がはくは 妙法如来正遍知 大師のみ旨成らしめたまえ」の歌が刻まれている。歌碑の建立発願者は「関西宮沢賢治の会」の初代会長で、千日回峰行を達成した 大阿闍梨、葉上照澄上人(延暦寺長﨟 故人)である。上人は賢治の生き方に深く感銘し世界平和を願い国際的にも活躍されたが、平成元年(1989)に亡く なられた(享年85才)。

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