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2015年3月14日 (土)

熊のことは熊に訊け(その15ヒグマの変幻自在)

熊のことは熊に訊け(その15ヒグマの変幻自在)

ヒグマは凄い。これまで、山となく森となく幾度となくこの野生動物の前に身と心をさらしたが、思い起こすと、凄いという二文字が最も素直で的を射る。だが、ヒグマという毛むくじゃらの動物は、いったい何がどう凄いのか。
北海道の個体でも最大で400kgにも達し、その巨体で軽々時速50kmで地響きを立てて大地を駆ける。ツメは一撃で牛やシカはおろか同族の毛皮を内蔵ごと引きはがし、私などが薪割り用のグレンスフォッシュで渾身の力を込めてもびくともしない樹の幹を一撃のもとにへし折り、三人掛かりでもびくともしない岩を軽々とひっくり返す。確かにヒグマは恐い。古今東西、ヒグマの生息地では数多くの人がヒグマの攻撃に遭い負傷し、ときには命を落としている。私自身、ヒグマのツメが手首をかすめて血が止まらなくなったりしたこともある。
一方、アラスカのデナリ、カトマイ、あるいは北海道では知床の一部、これらのエリアには人前に堂々と姿を現し、至近距離でヒトを無視して呑気に振る舞うヒグマが存在し、私の暮らす山にも私の薪割りを興味深そうに眺めているクマがいる。

(岩井國臣の注:2014年12月28日13時にNHK BSプレミアムで再放映された「神秘の熊スピリットベア〜カナダ 聖なる森をゆく〜」を見ても、また星野道夫の撮影した次の動画を見てもクマは怖くないように思われる。
https://www.youtube.com/watch?v=Z5Fr_Dt2ssE   )

クマは怖いのか怖くないのか、いったいどっちなのか?

実は、この疑問が湧くところがヒグマの本当の怖さなのだ。つまり、ヒグマの怖さは、単に身体が大きいとか力がつよいとかツメが長いとかではなく、この動物の脳の中にある。高度で変幻自在に変化する彼らの脳がヒグマ一頭一頭に個性を持たせ、結果、単純なマニュアルで画一的に考える事がまったくできないのだ。

アラスカの空気を撮らせたら抜群だった写真家・星野道夫。遠い友人でもあった彼の死がすべてを物語っている。彼は常日頃からヒグマを観察し、理解に努め、可能な限りヒグマに接近してこの動物の息吹を感じながら静かに、まるでそっと撫でるようにその生命の姿をフィルムに写し取った。しかし、1996年夏のカムチャッカ、その彼がアラスカで経験した事のない思わぬ罠にかかった。餌付けによるヒグマの行動のエスカレートだ。恐らく、生きている彼が最後に感じたヒグマの本質が、この動物のもつ変幻自在さだったと思う。彼の愛したヒグマは、ヒトの手によって恐ろしく歪曲に変質させられ、彼の命を容赦なく奪った。

私は、彼の命を奪った出来事の本質を隅々まで洗い出し、そこから何かを学び取る事が、唯一彼の供養になると信ずる。

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