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2015年2月26日 (木)

熊のことは熊に訊け(その13 野生の精神)

熊のことは熊に訊け(その13野生の精神)


見知らぬタイガの森やツンドラの原野を現地調査で旅する時、私の場合、事前に詳細を調べ尽くして訪れたりはまずしない。中には、かにかの本で偶然読んで、行く前からそこである食べ物を食べてみたいと意欲満々に切望したりする場合もあるが、だいたいは無知のまま訪れる。ブラジルのジャングルより毒物は少ないと思うが、そこには日本で慣れ親しんだものとは異なる見知らぬ植物・動物が存在するので、それらのうちどれを食べて良いのか判らないのが普通だ。例えばユーコンの森なら、魚ではグレーリング、パイクという北海道では見慣れない魚が6月の初めから支流の合流点などで普通に釣れ始め、植物に関していえば、ほとんどが細かい名称を知らないものばかり。それで、なるべく日本で食べたことのことのあるものに似たものを選んで食べてみるが、その場合も、あまり一気に大量に食べることはしない。五感でよく感じながら、まず少量。それで、今度は自分の身体の変調を自己観察し、大丈夫となったら徐々に通常食いに入るのだが、この過程で食べられるもの、おいしいもの、そしておいしい調理法がだんだんとできていく。もう一つは、他の動物や昆虫がよく食べているものから選んで食材にする方法。できることなら、ある特定の動物・昆虫が食べているだけでなく、いろいろな動物・昆虫が競い合うように好んで食べていれば、我々ヒトが食べても大丈夫な可能性が少し高まる。この場合も、様子を見ながら食べる量を増やしていく。私は、北大雪でも目についた植物に対してまったく同じことをやったが、食べて大丈夫ということと、美味しくいただけることは相当違う。ほとんど関連性はないといった方が正しいかもしれない。(しかし、美味しくなくても食べてさえいれば命をつなぐことができる。)(中略)

祖父は戦時中、生の大根をかじって生き延びたと、子供の私に話した。アラスカでは大根さえなかったが、その代わりその森の豊富な魚と鳥獣と植物が私の命をつないだ。

読者は、餓えという感覚を知っているだろうか。日本では、食糧自給率云々と大げさに騒ぎつつ食糧の三分の一を食べ残して廃棄し、おまけに肥満小学生が溢れているくらいだから、餓えとは無関係なのかもしれないが、野生動物はちょっとした事ですぐに飢餓の問題と対峙(たいじ)しなければならなくなる。私の場合、餓えで死に瀕(ひん)したと意識したことはないが、それでも餓えのために意識が朦朧としたり手がしびれたりいろいろな不調が現れた事はある。(多分、私には、野生の精神といっても良いような強い生命力があるのかもしれない。現在、多くの子供は、ひ弱で、何としてでも生き延びようとする強い生命力に欠けているように思われてならない。そこで思うのだが、野生の精神といっても良いような強い生命力のある子供を増やしたい。)
日本で普通に生活している限り実体験を積むのも難しそうだが、三ヶ月、いや一週間でいいから、スーパーやコンビニ類を一切使わず、河原や森で捕れるものだけで暮らすとする。川へ行って魚を捕ったり、山で山菜を摘んだり、ときどき木の実を拾ったりして暮らしてみる。保存食や調味料などを用いるのは反則。無理ならば、三日でもいい。それも無理なら、一生懸命想像するだけでもして欲しい。(子供が勝手に想像することは無理なので、大人の誰かがそういう体験をして、子供に話をする必要があるけれど・・・・。)

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