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2014年12月 4日 (木)

山地拠点都市構想(その51)

山地拠点都市構想(その51)
第3章 知恵のある国家とは?
第1節 「奥」の思想
1、辺境の哲学

では・・・、交流とは何か?  大漢語林によると、「混じり合って流れる」「行ったり来たりする」「系統の違うものが互いに交わり合う」とあるが、都市と農山村との交流というとき、都市から農山村に行くだけでは不十分で、農山村からも都市に流れなければならないと思う。一方通行は交流と言うべきでないのだ。それともう一つ大事なことは、交流は、互いに混じり合って一緒に何かを行うということがなければならないということ。ここではこの点だけを指摘しておいて、中枢都市と山地拠点都市との交流の具体策については、後で述べる。

その前に、少し道の話をしておきたい。交流は道を通じて行われる。古代は、山の道が中心であった。それも尾根筋が中心であったのである。その後、近世になって、川の上流に村落が発達すると、道は川沿いに作られる。近年の高速道路は、川とか山とか関係なく作られるので、これら道の歴史を考えると、山地拠点都市と上流村落との交流は一般道路だが、山地拠点都市と中枢都市との交流は、一般道路にこだわらず高速道路も含めて、もっとも時間距離の短い道路を通じて行われる。ただし、高速道路を通じて交流が行われる場合であっても、山地拠点都市の交流拠点は、「道の駅」であり、中枢都市の交流拠点は、「まちの駅」である。そもそもそれらは「交流」のために一つの拠点として考えられているからだ。このことは胆に命じておいてもらいたい。



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