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2014年12月 9日 (火)

山地拠点都市構想(その55)

山地拠点都市構想(その55)
第3章 知恵のある国家とは?
第1節 「奥」の思想
4、 日本集落の構成原理(園田稔)

21世紀に入り近代科学文明の世界化が問題になってきている今日、日本古来の精神文化にふさわしいコミュニティづくりが重要だとする園田稔の研究 は実に貴重である。そもそもの発想は柳田国男まで遡るらしいのだが、私は、この園田稔の研究を十分取り入れてこれからの町づくりの原則を固めなければなら ないと考えている。大畑原則というものも誕生しており、アメリカにおけるサステイナブル・コミュニティの動きも視野に入れながら、今こそ、私は、わが国らしい 町づくりを推進しなければならないと考えている。 以下、園田稔の研究の要点を紹介しておきたい。
『 第二次大戦後の焦土と化した都市の復興にも更に強まり、今度はアメリカ風のもっぱら産業経済の効率化のみを追求した無機的な都市改造が推し進めら れて、今では国内どこの都市をみても、およそ無表情なコンクリート・ジャングルやヒート・アイランドばかりの羅列と化してしまっている。そこには、それぞれ土地の風土に根付いた個性的な景観を活かし、伝来の地方色豊かな町衆文化を更に高めることで、おのずから住民の文化的な帰属意識を高めるような配慮が少しも感じられない。要するに、いわゆるグローバル化を至上とするアメリカの資本主義文明を上質の文化とはきちがえて、日本の大都市がますますアメリカ化しつつ文化的個性を喪失してしまっている。およそ文化とは永い歴史風土に培われてこその伝統的個性のものである。たとえ経済が破綻しても民族は滅びないが、 文化を喪失すれば民族は滅びてしまう。自動車や電話がグローバル化するように、情報言語に便利だからといって日本語を英語にすげ替えるならば、日本文化が 破壊され、日本人の国際的自負も失われよう。
 国内の大都市がますます文明のグローバル化を強めるなかで、それに立ち後れる地方の小都会が辛うじて伝存してきた文化的個性を今や逆手にとってマ チおこしの武器にし、大都市民が見失った生活共同の潤いと魅力を発揮しようとしているというのが、現今の実情ではあるまいか。』 
『 わたしは、柳田の指摘する経済史的な日本に固有の町の発生因のほかに、もうひとつ遡った日本人の生活史的な文化の要因をも考えてみたい。それが、 住民たちの生業や生活を支え、しかも安住の心を満たすべき心象風景たる家郷景観ともいうべき集落形成因である。具体的には、灌混用水の水源とも狩猟採集の 資源ともなる里山や奥山、また神々や祖霊が鎮まる霊性の世界でもあってその象徴的な延長なり派生が集落に接する〈鎮守の森〉だという、今でもなお全国 の古い集落の村や町にほぼ等しく見出だされる景観に着目してみたいのである。』



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