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2014年12月21日 (日)

熊のことは熊に訊け(その3安全距離を教える)

熊のことは熊に訊け(その3安全距離を教える)

車が衝突事故に遭わないために安全距離というものがある。それと同じように、ヒグマとヒトが衝突事故に遭わないために、安全距離というものの概念が重要で、岩井基樹はそのことについて次のように述べている。

山でフキを食べたり、樹に登ったり、水浴びをしたり、雪の斜面を滑って遊んだり。ヒグマはいろいろな表情を見せる。中には、私の存在を確認しつつ、一定の距離を保ってフキを食べ続ける個体もある。そういう個体には、私もただ穏やかに、面白がって眺めていたい。フキを食いたければ食いたいだけ食わせてやり、私は少し離れたところからその姿をしばらく眺めて、ただそこをそっと立ち去れば良いだけのことだ。(中略)多くのヒトはヒグマをその目で捉えたいと思っている。安全な距離、安全なシチュエーション、しかしできるだけ近くから眺めてみたいと思っている。道内組も遠征組も。そしてその人たちの多くは、いろいろな情報からヒグマに対し恐怖のイメージを持ちつつ、そのイメージにどこか疑いを抱いているのだ。
この人たちにごくごく普通のヒグマの一面を見てもらいたい。そう願う気持ちと、現在のヒトの状態から迫られる過剰な追い払い。このギャップにどうしても葛藤が生じてしまう。本当の追い払いを必要とするのは、一定の距離からヒグマ側が意図して一歩でもこちらに踏み出してきた時だ。おそらく、山でのその距離は少しマージンをとっても50m前後だろう。ヒグマの生息地に食い込むような人里では、周辺の山にヒグマが暮らすことはむしろ当然のことである。ヒトは至近距離でヒグマと遇わないように細心の注意を払い、人里では知恵と工夫でヒグマが降りない努力をまずする。そのうえで、ヒグマがその距離を侵しそうになった場合に、断固とした態度で威嚇・威圧を加えヒグマの側にその距離を覚えさせる。これが、理想の追い払いなのだ。
それには、ヒト側がもっとヒグマを知らなければならない。ヒグマを近くに見かけて大騒ぎをしたり、顔面蒼白でパニックって走って逃げたりしているようではおぼつかない。(中略)
50mでなくてもいい。100mでもいいから、ヒトとヒグマはもっと普通にできないのか。威嚇もせず依存もせず、素知らぬ顔でそれぞれのペースで活動するような。そして、人びとは図鑑やモニターではなくときどき現物を見、そのリアルなヒグマから何かを感じ、そして自らのいろいろを考えてゆくことができないか。いつもそんなことを思ってしまう。

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