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2014年12月 7日 (日)

山地拠点都市構想(その54)

山地拠点都市構想(その54)
第3章 知恵のある国家とは?
第1節 「奥」の思想
4、 日本集落の構成原理(園田稔)

歴史と伝統に裏打ちされた陰の「場所」と科学文明に裏打ちされた光の「場所」の組み合わせ、それがこれからの国づくりに求めら れている。私達は、これから、光と陰の生活空間を生きなければならない。そして、それをそのままそっくり、わが国の観光資源にしなければならない。これが 私が提唱する「劇場国家にっぽん」の基本的な考えである。
 これからの国土づくりは、光と陰の生活空間づくりでなければならない。私達は、そういう光と陰の生活空間の中で生活し、鋭い感覚を磨くとともに ひっそり吐息を秘そめるような穏やかな感性をも磨かなければならない。グローバルな市場を戦い抜く鋭い感性と世界平和をリードする穏やかな感性を、私達日 本人はともに磨かなければならないのである。そして、そういう生きざまをそっくりそのまま世界の人々に見てもらわなければならないのである。それが私がい うところの「劇場国家にっぽん」であるが、それはとりもなおさず中沢新一の目指す「モノとの同盟」でもあると思う。それをこれからの日本の国是としなけれ ばならない。

 さて、園田稔(京大名誉教授で秩父神社の宮司)によれば、本来、わが国の「マチの構造」は、通常の日常的な生活空間のほかに、「鎮守の森」や「里 山」というような日常的ではあるが非日常的な生活空間から成り立っていた。日常的ではあるが非日常的という意味は、お祭りとか山菜取りとか非日常的な生活 形態の「場所」であるので非日常的、しかし行こうと思えば容易に行くことができるので日常的・・・という訳だ。ところが、近代の都市化によって、そういう 「マチの構造」がすっかり崩されてしまった。これからの町づくりには、そういう「鎮守の森」や「里山」というようなコスモロジー(宇宙との響き合い空間) を考えねばならないが、都市では現実になかなかむつかしい。したがって、私は、園田実も言っているのだが、流域単位でそういう「鎮守の森」や「里山」に代 わるコスモロジー(宇宙との響き合い空間)を作らなければならないと考えているのである。本来は日常的な生活空間に持つべき「鎮守の森」や「里山」を、それぞれの流域単位に日常的な行動範囲を広げて考えていこうではないかという訳だ。いずれにしろ、私たちは、そういう日常的な「場所」で、厳密な言い方をす れば日常的ではあるが非日常的な「場所」で、「歴史と伝統に根ざした精神文化のその奥ゆきを生き、陰にかくれたひそかなリズムに耳を傾けて、鋭い感性を磨 かなけばならない。」・・・のである。園田稔の永年にわたる研究は、これからの町づくり、地域づくり、国土づくりに大変重要な示唆を与えている。



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