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2014年12月17日 (水)

山地拠点都市構想(その61)

山地拠点都市構想(その61)
第3章 知恵のある国家とは?
第2節 教育について
1、 一般論
(3)子供に対する自由放任主義の見直し

私はプラトンの哲人政治と違って、ポピュリズム礼賛の立場であるので、やはり国民全体の知的水準が向上していかないといけないと考えている。常識、中村雄二郎流にいうと「共通感覚」ということになるが、常識というものは偏ったものではない。最近のメディアの中には、子供の教育上好ましくないと思われるものが結構多い。子供に対する自由放任主義は、子供の好奇心によって知識が偏るのである。これは好ましくない。
① 暴力性
 暴力シーンを含むテレビゲームが子どもの暴力性を高めるという懸念はしばしば見られてきた。テレビゲームは、子どもに対して、1)暴力が問題解決の手段 として有効であるという見方や暴力の手段を学習させること、また、2)暴力をふるうことに慣れさせ、その回路を開かせることによって、テレビゲームの中だ けでなく、現実場面においても暴力をふるわせやすくしてしまうことが心配されている。また、テレビゲームの中で展開されている世界は、現実の世界と類似し ており、テレビゲームの中で学習された見方や開かれた回路がそれだけ現実場面でも機能しやすいと考えられることも心配を強めている。
 従来、悪影響を支持する研究結果は、あったとしても、年少の子どもに関する短期的な影響を検討した実験研究などに限定されており、テレビゲームが暴力性 に及ぼす影響はあまり深刻には捉えられていなかったと見られる。しかし、近年になって、悪影響を検出する研究がしばしば出されるようになり、研究者の見方 は、悪影響を支持する方向に動いているように思われる。
 最近になって、悪影響を検出した研究が増えていることについては、近年の立体映像技術などの進歩によって、表現の現実性が大いに高まっており、そのため、テレビゲームの影響力が強まっているからではないかと解釈されている。この解釈も、現在ではテレビゲームが子どもの暴力性に対するリスク要因になって いるという見方を強めさせているように思われる。
② 社会的不適応
 テレビゲームに没頭していると、対面での生身の人間関係を持たなくなる結果、生身の人間関係の中で育成されるべき技能が身につかず、また、煩わしい生身 の人間関係に向かっていこうという意欲も失い、ひきこもりや不登校のような社会的不適応の状態になるのではないかと心配されている。
 しかし、これまでの研究では、テレビゲームが子どもの社会的不適応をもたらすことを示した結果は乏しく、むしろ、もともと社会的不適応の傾向のある人が、テレビゲームで遊ぶようになるという逆方向の因果関係がたびたび示されている。
 テレビゲームが社会的不適応に悪影響を及ぼさないことに関する1つの説明としては、仮に、テレビゲームが子どもから生身の人間関係を断ち切り、人間関係に関する技能や意欲を失わせる過程があるとしても、一方で、テレビゲームが友だちとの話題になったり、ゲームソフトの貸し借りをしたりするなどして人間関係の円滑化をもたらす過程もあり、それらが互いを相殺していることが考えられている。
 もともと社会的不適応の問題は、インターネットで心配されており、インターネットに没入し、中毒的になった結果、ひきこもりなどの社会的不適応の状態に なる事例が見られている。最近では、オンラインゲーム、すなわち、インターネットを利用したテレビゲームが普及しつつあり、これについては、社会的不適応 の問題が生じる可能性が考えられる。
③ 知的能力と学力
 テレビゲームは映像メディアであることから、それに接触していると、従来の文字メディアの場合とは異なる影響を、人間の知的能力ないし認知能力に与える 可能性が指摘されている。実際に、テレビゲーム使用によって、人間の空間知覚能力などの視覚的能力が向上することはしばしば示されてきた。テレビゲーム は、視覚的能力については、それを訓練する機能があると考えられる。
 また、子どもの日常的なテレビゲーム使用によって、勉強や読書などの知的活動の時間が失われ、その結果、さまざまな側面の知的能力や学力に悪影響が出る のではないかという懸念が出されている。この問題については、論理力などに対する悪影響を示した研究もあるが、現在のところ研究が少なく、全体として知見 はあいまいであると言える。研究が少ないことに加えて、知的能力や学力に対する影響は、ゲームソフトの内容によって大きく左右されると考えられ、それもこ の問題を単純化できないものとしている。実際に、教育的な内容を持つテレビゲームが知的能力や学力を伸ばすことはしばしば示されてきた。
 最近では、知的能力に関連する話題として、「ゲーム脳」問題が注目されている。これは、テレビゲームで遊んでいると、大脳の前頭前野の活動が低下し、その状況が続くと前頭前野が活動しない人間になってしまうという問題である。前頭前野は、人間の創造性や社会性を支えるような高度な情報処理を行う部位であり、ゲーム脳とは、テレビゲームによってそうした前頭前野が活動しなくなった脳のことである。ゲーム脳問題については、まだ研究が不十分であり、現在のと ころ仮説的な段階にあると捉えられる。今後の研究が重要であり、とくに、現在、観察されている前頭前野の活動低下は本当に知的能力の低下に対応するのか、 また、テレビゲーム使用のときに前頭前野の活動が低下するとしても、それが本当に子どもの発達に影響するのかなどが検討される必要がある。
④ 視力
 テレビゲームでは、モニター画面すなわちVDT(Visual Display Terminal)を通じて情報が提供される。それを長時間、近距離から見た利用者は、眼精疲労や視力の低下など、眼に強い悪影響を受けるのではないかと心配されている。
 もともと電子メディアと視力に関する研究は、子どもの問題としてだけでなく、成人の職場におけるコンピュータやワープロの利用の問題として関心を持た れ、VDT障害の研究として内外で多く行われてきた。これまでの研究は一般に、VDT作業がまず短期的な近視や眼精疲労を生じさせ、接触が長期間になると 視力の低下を招くことを示している。
子どものテレビゲーム接触を扱った研究にも、それとの接触によって、実際に調整機能や眼圧などに異常が生じ、視力の低 下がもたらされることを報告したものが見られる。

⑤ 体力
 テレビゲームは室内遊びであるため、外遊びを減らすと考えられる。外遊びが減れば、運動する機会が失われ、その結果、骨格や筋肉、さらには運動感覚が発達せず、身体能力の減退や肥満が生じるとともに、ケガや病気をしやすい体になると考えられる。このことから、テレビゲームが外遊びを減少させ、それによっ て、子どもの体力低下が生じているのではないかとする懸念が出されている。実際には、これまでのところ、テレビゲームと体力の低下について、その影響関係 をしっかり特定できる形で行われた研究は乏しい。しかしながら、この影響関係はそのもっともらしさから、一般だけでなく、研究者の間でも、かなり濃厚であ ると捉えられているように見える。


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