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2014年12月19日 (金)

山地拠点都市構想(その63)

山地拠点都市構想(その63)
第3章 知恵のある国家とは?
第2節 教育について
2、「勿体ない」の哲学

私もプラトンがいうように、『 国家は、「知恵」があり、「勇気」があり、「節制」をたもち、「正義」をそなえていなければならない。』・・・と思う。では、「知恵」のある国家とはどのようなものか? 
農業や金融など産業の技術あるいは財政や国土政策などに関わる技術に長じた国家というのも大事だが、もっと大事なのは国を守る、つまり国民の命と財産を守るための「知恵」である。農業や金融など産業の技術あるいは財政や国土政策などに関わる技術は知識であるが、「国民の命と財産」を守るためのものは、知識と呼ぶより、「知恵」と呼ぶべきである。プラトンはそういっているのだが、私もそう思う。では、「国民の命と財産」を守るとはどういうことか? その点を少し考えてみたい。プラトンほど教育問題について真剣に考え、かつ、実践した哲学者は歴史上いない。しかし、プラトンの生きた時代は、民主社会といっても、今の民主主義の社会ではない。エリートが国を動かす社会であり、だからこそプラトンは哲人政治を夢見たのである。彼はその夢破れて、結局、エリート教育に向かうのだが、今は、民主主義社会なので、エリート教育もそれなりに必要だと思うが、それよりむしろ国民全体の知的水準の向上を目指さなければならない。「国民の命と財産」を守るための「知恵」、その「知恵」が国民の間の常識、中村雄二郎流にいえば国
民の共通認識となるためには、どのようなキャッチフレーズが良いのか? 結論を先に言えば、それは「勿体ない」という言葉が「国民の生命と財産」を守るという意味で常識化しないといけない、私はそう思うのである。そこで、以下において、少々「勿体ない」の哲学を考えてみたい。

(1)「勿体」の哲学的意味
「勿体ない」という言葉は、辞書を引くといろいろ出てくるが、その中に、「物事の価値が十分に生かされていないのが残念だ。」というのがある。そこで、私は、これを言い代えて、「勿体ない」という言葉は「命やモノの価値が十分に生かされていないのが残念だ」という意味に解釈することとしたい。その方が、「国民の命と財産」を守るための「知恵」とは何かが明確になるからである。
まず、「命」の価値とは何か? この点に言及したいのだが、これについては、私の電子書籍「エロスを語ろう・・・プラトンを超えて!」の 第6章「ニーチェの哲学を超えた新しい哲学の方向性」で詳しく述べたが、その中で、「命」の科学的な説明として次のような説明をした。すなわち、
『 私たちは自然と一体になるとき、自然のリズムは、「脳と心の量子論」が説明するミッキー場と量子電磁場の中に秩序ある波を生み、霊妙な光を放つことになる。これは「生命」そのものが、霊妙な光を放ち、イキイキとしてくることを意味しているのではないか。 すなわち、「生きる」とは自然と一体になって、生命の本体がイキイキすることではないかと思うのである。したがって、エロスの神は、プラトンのそれだけではなく、シヴァの性愛の神、日本の「ホトの神さま」や摩多羅神、さらに自然神や子どもの健やかな成長を見守る神さまなど、さまざまな神を祀ってその祭りをすることが必要かと思われる。ニーチェとハイデガーとホワイトヘッドの統一哲学はひとつだが、神という存在は、この世でさまざまな顔を持つ存在でもある。神は「一であり多」である。そういう神を祀って「祈り」を捧げていると、私たちはイキイキと正しい道を歩むことができ、子どもたちもイキイキとしてくる。それが「エロスの神」のご利益である。』・・・と。
以上の通り、「生命」の本質、つまり本来あるべき姿は、「霊妙な光を放ち、イキイキとしている<いのち>」のことである。したがって、私の考えでは、植物人間となっている人の生命は生きてはいるけれど、もはや「霊妙な光を放ち、イキイキとしている<いのち>」とは言えないので、その延命を図ることは、親類縁者にとって大事だとしても、社会的には如何なものかと思う。それより死に直面する人にいわゆる「お迎え」がくるように配慮すべきではないか。その「お迎え現象」については、文芸春秋の平成24年12月号に「日本人のための宗教・・・死の床の医師と宗教学者<感動の対話>」と題して、岡部健とカール・ベッカーとの対談が掲載され、それが大いに参考になると思うので、ここに紹介しておきたい。是非、参考にしてもらいたい。
http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/omukae.pdf

次に、物の本質「モノ」については、次の項で詳しく説明したい。


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