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2014年12月 3日 (水)

山地拠点都市構想(その50)

山地拠点都市構想(その50)
第3章 知恵のある国家とは?
第1節 「奥」の思想
1、辺境の哲学

なお、内田樹の「辺境論」というのがある。これについては、次を見ていただきたい。
http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/jyongu04.html

彼は、「辺境論」の中で、『 日本社会の基本原理・基本精神は、「理性から出発し、互いに独立した平等な個人」のそれではなく、「全体の中に和を以て存在し、・・・・一体を保つ<全体のために個人の独立・自由を没却する>ところの大和(だいわ)」であり、それは「和の精神」ないし原理ということだが、これは社会関係の不確実性・非固定性の意識にほかならない。』・・・という川島武宣(たけよし)の考えを紹介している。この川島武宣の考えは、中心と辺境の問題を考えるとき、見逃すことのできない考えであると思うので、ここに紹介しておいた。日本では、中枢都市と山地拠点都市とは、その論理は相異なるけれど、それなりの条件さえ整えることができれば、じゅうぶん協和することができる。そこがこれからに日本の大きな可能性である。

「グノーシス」とは、歴史的に、「キリスト教から独立した別個の宗教・哲学体系の「認識」を代表するもの」と言われているが、私は、中沢新一と同じように、より広い概念でとらえたい。すなわち、広域に渡って支配的な宗教から独立した別個の宗教体系や哲学大系の「認識」を代表するもの」と考えたい。中心地の文化の影響を受けながらも、その地域特有の文化を保持している。時代の進展とともにその地域の文化は今までにない新たな文化に変質してゆくが、その新たな文化は、中心地の文化を変質せしめる。その力は、人びとの交流の力による。今私が問題にしている「奥」の哲学との文脈でいえば、中心地は地方の中枢都市であり新たな文化の発信地は「山地拠点都市」である。グノーシスを生じせしめるのは、中枢都市と山地拠点都市との交流である。

なおグノーシスについて、私は今まで私のホームペジでいろいろ書いてきたので、それを参考にしてもらいたい。

https://www.google.co.jp/search?q=%83O%83m%81%5B%83V%83X&ie=Shift_JIS&oe=Shift_JIS&hl=ja&btnG=Google+%8C%9F%8D%F5&domains=kuniomi.gr.jp&sitesearch=kuniomi.gr.jp

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