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2014年11月28日 (金)

山地拠点都市構想(その46)

山地拠点都市構想(その46)
第3章 知恵のある国家とは?
第1節 「奥」の思想

「奥」の空間というのは、ひとつの「シニフィエ」であって、「自然の霊力」というか「宇宙の不思議な力」を感じることのできる特殊な空間である。つまり、「奥」の空間というのは、「宇宙の原理」というか「自然の原理」の働く空間のことである。そういう空間は、顕微鏡の中にもある。顕微鏡で生物の細胞の動きなどを観察していると、生命の不思議を感じ、自然の摩訶不思議なところにある種の感動を覚えることがある。しかし、国土政策の観点、地域政策の観点から言えば、「自然の原理」のはたく空間を国土や地域にどのようにつくっていくかということである。また、青少年の教育という観点から言えば、自然の不思議を感じること、それは「身体と脳の学習プログラム」の根本的要素であるので、「身体と脳の学習プログラム」を実行できる空間を国土や地域にどうつくっていくかということになる。
「奥」という言葉が万葉集などの古典でどのような使われ方をしているか、そういったことを解説している國學院デジタルミュージアムというホームページがあるのでまずそれを見てみよう。
http://k-amc.kokugakuin.ac.jp/DM/detail.do?class_name=col_dsg&data_id=68369
この解説によると、「奥」という言葉は、「場所の奥まった所」とか「心の奥」などというように空間的な意味で使われる場合と、「将来的な行くすえ」という時間的な意味で用いられる場合があるという。 後者の例としては、万葉集の恋歌に多く見られるということらしいが、前者の例としては、恋情を心の奥に秘めているという意味で使われる場合のことであり、その場合、自身の心、またそこに宿る霊魂とのかかわりを意識してのものと見られるのだという。「奥」が「霊魂」と深く関わっているということは、特に私の言いたいことだ。さらに、國學院デジタルミュージアム( 菊地義裕)によると、前者の例として、「奥山」や「奥に思ふ」という例があり、その例の場合は、「奥」には神霊や霊魂が宿るという思考をみることができるのだという。
なお、大漢語林に奥のつく言葉が載っているが、それによると「奥」には上述の「場所の奥まったところ」という使い方の特殊なものだと思うが、奥壤(おくじょう)という言葉があって、都市に対して田舎のことをいうらしい。また、奥区とか奥隅という言葉があって、この場合は、国の中央部に対して辺境の地をいうらしいが、「奥」には「中心」に対する「辺境」という意味がある。

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