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2014年11月29日 (土)

山地拠点都市構想(その47)

山地拠点都市構想(その47)
第3章 知恵のある国家とは?
第1節 「奥」の思想
1、辺境の哲学

山口昌男の『天皇制の文化人類学』(二〇〇〇年・岩波書店)では、次のようなことが指
摘されている。すなわち、

『 古代日本において、天皇の過剰なダイナミズムはさまざまな形で表現された。生殖力の誇示はその一つの表現で あった。天皇の性的能力は宇宙のエネルギーの発現と同一視された。皇后との聖なる結合は言わずもがな、性的放縦さえ、天皇たるものの能力の発現として容認されたのである。皇子の否定的なイメージは王権のこういった側面の延長にある。混沌が秩序を支えているという「両義的論理」こそが、光源氏(ひかるげんじ)の活力を裏から支え、表面的には彼を破滅から守るものとして作用させている。すなわち、この「両義的論理」によって、光源氏(ひかるげんじ)の奔放なふるまいも個人的な悪とは捉えられず に宇宙論的な意義付けを与えられることになる。』・・・と。 

田舎の論理と都市の論理は違う。私は、今までいろんな場で「両頭截断」と言ってきているが、「両義的論理」は、「両頭」、すなわち相異なる二元論的な論理を截断する。それが、私のいう「協和」である。

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