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2014年11月25日 (火)

山地拠点都市構想(その45)

山地拠点都市構想(その45)
第3章 知恵のある国家とは?

私は、 「御霊信仰哲学に向けて」という論文の「おわりに」次のように述べた。すなわち、

『 プラトンは、軍人に対し国家が行う特別の教育の他に、軍人になる人の生来の素質とか一般の的な青少年教育をも重視している。私も同感である。しかし、私の霊魂論から、私は、親たるものも子供のために魂を磨いておく必要があると考えるし、家庭や地域ならびに学校において、魂を磨くための教育というものが大事であると考える。すなわち、私は、教育以前の問題として、魂を磨くための生活環境とか社会環境を重視している。その観点からいえば、知恵のある国家の知恵に、国民の生命と財産を守るための知恵の他に、魂を磨くための生活環境とか社会環境を作っていくための知恵も含めて考えたい。今後、私は、後者の知恵についていろいろと考えていきたい。したがって、私が知恵のある国家という時、魂を磨くための生活環境とか社会環境の整った国家という意味である。今後、私は、知恵のある国家構想として、山地拠点都市構想したいと考えている。それは「山の霊力」などに焦点を当てた山地の拠点都市づくりの構想であり、私の霊魂論がベースになっている。乞うご期待!そのことを申し上げてこの論文の終わりとする。』・・・と。

プラトンはその霊魂観に基づいて国家論を展開した。 今後、日本のリーダーには、プラトンの国家論を己の政治哲学として、真剣に国家の運営に当たって欲しい。わが国は21世紀において今後世界から尊敬されるには、知恵があり、勇気があり、節制があり、正義に満ちた国家でなければならないが、この四つの要素の内、複雑でいろんな意見が錯綜するのは「知恵のある国家」についてである。知恵にはいろんな知恵があり得るということだ。しかし、私は、「知恵のある国家」とは、ヘーゲルがいうように、宗教の力を借りるのではなく、啓蒙や教育によって、祖先の霊に「祈り」を捧げるとか、道ばたのお地蔵さんなどの神々に手を合わせるとか、そういう生活習慣が身についた大人や子供が少しでも増えるにしなければならないのではないかと思う。そのための生活環境とか社会環境の整った国家、それが私の目指す「知恵のある国家」である。それは、「山の霊魂」と「奥」を大事にする国家である。

「山の霊魂」については、のちほど「後編」で詳しく述べるとして、ここでは「奥」の思想については、まず最初にこの章で取り上げておきたい。そのあとで、教育のあり方と新たな価値観の問題を論じたい。

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