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2014年11月 2日 (日)

山地拠点都市構想(その28)

山地拠点都市構想(その28)
第2章 自然の再認識
第1節 故郷(自然)の再認識

 日本復興を図る上で「地域通貨」は避けて通れない問題である。市場経済をなくすことができない以上、贈与経済とのハイブリッド経済を考えねばならない。世界経済の行く末及び世界構造のあり方を考えたとき、どうしても地域通貨が浮かび上がってこざるを得ない。地域通貨の問題は、現下の緊急、かつ、重要な国内問題である。

 「農」は国の基本であり、地域の基本である。「農」を基本とした地域の自立的発展を図らない限り、地域コミュニティは崩壊をつづけ、やがて日本は崩壊するに違いない。これからは心の時代である。家族農業も大事にし、「協和」を旗印に、輝かしい地域コミュニティと日本を創っていかなければならないが、それは、「祈りの科学」シリーズ(6)「地域通貨」に書いた実践論を具体的に検討していけば、充分可能である。ただし、「地域通貨」の哲学については、中沢新一の贈与論が私の哲学の足らざるところを補ってくれているので、その点だけは申し上げておく。私の「地域通貨」の哲学は、主として貨幣論から展開したものであって、その背景にある贈与論を論じてはない。モースの贈与論を発展させ、現代の経済的社会的な諸問題に応えうる新たな贈与論が待ち望まれていたが、2011年8月に中沢新一の「日本の大転換」(集英社)が出た。これはまさに現代の贈与論であって、主として原発問題を意識したものであるが、農業などの純粋贈与や地域通貨にも適用できる一般理論である。中沢新一のこの新たな贈与論によって、地域通貨の哲学にもしっかりした基盤ができたように思う。

 市場経済は競争が原理である。その原理にしたがって農業のあり方が考えられており、「地産地消」などと言われているが、これは大規模農業を目指すものであって、百姓の行う「農」、本来の「農」とは論理が逆である。地域の自立を目指すのであれば、「地産地消」という市場原理で競争に明け暮れる生産者の論理でなく、逆に、地域で消費するものについては地域で作れという「地消地産」でなければならないのである。
 現在の農業は間違っている。本来の「農」に戻らなければならない。農家は本来の百姓に戻らなければならない。そうでないと資本の力によって地域コミュニティは完全に崩壊してしまう。現在その危機に直面している。


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