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2014年10月 9日 (木)

山地拠点都市構想(その11)

山地拠点都市構想(その11)
前編の序文

ホワイトヘッドは、文化とは「文明化された宇宙」であると言っているが、「自然と神」、それは「宇宙」そのものである。したがって、私たちは、田舎において、「自然」と響き合い、「神」と響き合い、「宇宙」と響き合うというのが「知恵のある国家」における最高の文化なのである。「響き合い」、それは思想的に言えば「協和」という言葉で表現した方が良いかもしれない。私が「共和」というとき、それは「自然」と響き合い、「神」と響き合い、「宇宙」と響き合い、「人々」との響き合いのことである。そういう「共和」が現実的に行いうるのは、自然と人情豊かな人々に恵まれた田舎である。その再生を図らなければならない。過疎地域における地域コミュニティの再生を図らなければならない。

今、日本は、世界に先駆け、「地域コミュ ニティの自立」の問題と取り組まなければならない。現実は混沌とした「矛盾社会」ではあるが将来に希望はある。市場経済の中に、一部、贈与経済(地域通貨)を取り込むなど、「地域コミュニティの自立」のための新たな取り組みの中に大いなる希望が湧いてくる筈だ。響き合いつまり「協和」という希望だ。

「農」は国の基本であり、地域の基本である。「農」を基本とした地域の自立的発展を図らない限り、地域コミュニティは崩壊をつづけ、やがて日本は崩壊するに違いない。これからは心の時代である。家族農業も大事にし、「協和」を旗印に、輝かしい地域コミュニティと日本を創っていきたいものだ。

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