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2014年10月 1日 (水)

山地拠点都市構想(その4)

山地拠点都市構想(その4)
前編のはじめに(4)

私は、私の電子書籍「祈りの科学シリーズ」の第3巻「怨霊と祈り」では御霊信仰について詳しく書いたが、その後、臼田乃里子の供犠論を読んで、靖国神社問題を御霊信仰との関係から根本的に考え直さなければならないことに気がついた。そのことについては、 先の論文「霊魂の哲学と科学」の 第7章「怨霊と御霊信仰」で詳しく解説した。

臼田乃里子の「供犠と権力」(2006年12月、白地社)は素晴らしい本である。「供犠」に付いてこれほど突っ込んだ考察をした論考を私は知らない。彼女は、 日本にも「いけにえ」(供犠)の文化があったということ、怨霊は「供犠」であるということ、そして御霊(ごりょう)という「神」は怨霊が変身したものであるということを、主張しているのである。谷川健一もその著「魔の系譜」の中で怨霊について縷々述べているけれど、臼田乃里子の方がより深い考察を加えている。

以上の知見を踏まえながら、 先の論文「霊魂の哲学と科学」の 第8章「神はどこに存在するのか?」では、「神の世界」の構造を明らかにした。悪魔にもいろいろな悪魔がいる。「ファースト」に登場するメフィストはその中でもましな悪魔である。ましな悪魔は、神の園に入ることが許されており、最高の神と話をすることを許されている。本来の悪魔は神の園に入ることを許されておらず、悪魔の国に閉じ込められている。ひとつの集合体が形成されている訳だ。しかし、本来の悪魔、それは怨霊のことだが、そういう本来の悪魔も、密教僧の発信する「言霊」によってメフィストのような「ましな悪魔」に変身し、その後も、人々が神として「祈り」を捧げているうちに、神、もちろん唯一絶対神の配下の神であるが、神へと変身する。怨霊から「ましな悪魔」に、そして「ましな悪魔」から「神」へと二段階を経て変身していく。

このようなことは科学的に証明できることではもとろんなく、ただ単に、怨霊とか御霊信仰についての科学的な説明を進める上での仮説だとお考えいただきたい。私はこれを怨霊仮説と呼びたい。神の国には、本来の神のほかに、人々の「祈り」によって普通の死者が変身した神と、特別の祈祷と人々の「祈り」によって怨霊が変身した神がいる。このような神の国の構造を考えないと、怨霊とか御霊信仰の科学的な説明ができない。

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