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2014年10月10日 (金)

山地拠点都市構想(その12)

山地拠点都市構想(その12)
前編の序文

第3章の「知恵のある国家とは?」という章では、「祈り」に満ちた生活環境とか社会環境が重要であるという認識から、「奥」の思想について論じた。

プラトンはその霊魂観に基づいて国家論を展開した。 今後、日本のリーダーには、プラトンの国家論を己の政治哲学として、真剣に国家の運営に当たって欲しい。わが国は21世紀において今後世界から尊敬されるには、知恵があり、勇気があり、節制があり、正義に満ちた国家でなければならないが、この四つの要素の内、複雑でいろんな意見が錯綜するのは「知恵のある国家」についてである。知恵にはいろんな知恵があり得るということだ。しかし、私は、「知恵のある国家」とは、ヘーゲルがいうように、宗教の力を借りるのではなく、啓蒙や教育によって、祖先の霊に「祈り」を捧げるとか、道ばたのお地蔵さんなどの神々に手を合わせるとか、そういう生活習慣が身についた大人や子供が少しでも増えるにしなければならないのではないかと思う。そのための生活環境とか社会環境の整った国家、 それが私の目指す「知恵のある国家」であり、「山地拠点都市構想」である。すなわち、それは、「山の霊魂」と「奥」を大事にする国家なのである。

「知恵のある国家」のあり方を考える場合、私は、堺屋太一と佐伯啓思という二人の思想家の時代感覚を基本に据えないといけないと思う。


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