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2014年10月24日 (金)

山地拠点都市構想(その20)

山地拠点都市構想(その20)
第1章 日本の政治

第4節 今西錦司のリーダー論(その4)

松尾  だからね、京都ちゅうのは、まぁ梅棹さんもそうだけど、町家のね、こうずーっと伝統的に身についていくルールみたいなものがね、
岩井  染み付いとるんやな。そういうとこあると思うね。
松尾  だから、守らなならんルールというのをきちっと守って、言葉遣いやらでもね、乱暴に言うちゃいかん時には絶対乱暴には言わはらへん。仲間内は別やけどね。
 それから、今西さんほどの読書家はいないちゅうことも梅棹さんは書いてはる。今西さんの読書は物凄かったらいしいわ。
岩井  あの人ね、直感力がすごいでしょ。これも洞察力か。
松尾  それはさっき言うた(笑)一つ例をあげるとね、大学紛争があったやんか。その頃、おれは京大の助教授やったけどな。まぁ、大変やった。何回かあったけどね。昭和四十三年ぐらいだったかなあ東大が入学式かなんか中止したわな。あの頃の紛争でね、どこの大学でも学長団交ちゅうのがあった。学長団交で、学長閉じ込めるみたいな格好で、離さへんわけやんか。二日も三日も。。
岩井  あれは、岐阜大学の学長しておられた時かな?
松尾  その時に、錦(きん)さんはね、岐阜大学の学長やんか。これはは岐阜大のひとから聞いたことやが、岐阜大の紛争は一日で終わったちゅうんや。京大なんか何日続いたかわからへんで。それでね、岐阜大の場合はなんで一日で終わったかちゅうことやんか。それは、学生の側が出す要求みたいなものをね、要望いっぱい有るわけやな。それを今西さんは次から次へとね、「ああ、いいよ」と言うてね、呑んでしまうというわけや(笑)そしたら、事務局長とかなんやらがね、もう、びっくりしてやね、そんなことしたら困りますがな。ってなわけや。しかし全部呑んでしまって、それで、岐阜大はポンと終わりや。



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