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2014年10月 2日 (木)

山地拠点都市構想(その5)

山地拠点都市構想(その5)
前編のはじめに(5)

以上が、 私の霊魂論と国家論を書いた論文「霊魂の哲学と科学」の要点であるが、 それに欠けているのは、「山の霊魂」とそれにもとづく国家論である。さらに、日本の伝統文化の中に「奥の思想」があるが、それがどのように国家論と結びつくのか、それも今までの私の論考に欠けていたように思われる。そこで、今回のこの論文『山地拠点都市構想』では、それら欠けている分を補完することとした。

なお、私は、「霊魂の哲学と科学」という論文で私の霊魂論を展開した後、それに基づいて「御霊信仰哲学に向けて」という論文を書いた。知恵のある国家として何としても靖国問題を解決しなければならないという思いから必死で書いたのである。靖国問題を解決するためには、靖国問題の一つの大きな問題、思想的な問題を解決しなければならない。「御霊信仰」の問題である。「御霊信仰」の問題については、御霊信仰の歴史的考察をした上で、宗教哲学の赴きを見届けないといけないし、その中で、梅原猛の人類哲学ならびに日蓮の立正安国論と関係して法華経をどう理解するかという問題が出てくる。さらに、祈りと呪力に関する科学的な説明をどうするかという難問に突き当たらざるをえない。それら難しい問題をそれぞれなんとか判りやすく説明するために悪戦苦闘した。なんとか私なりの思索を重ねて、少しでも皆さんの参考になる論文に仕上がったと思っている。その「御霊信仰哲学に向けて」という論文において、この「山地拠点都市構想」と多少関係ありそうな部分は、「神のみ心」というテーマで書いた部分である。それを以下にに紹介しておきたい。

神は存在する。現在のもっとも偉大な科学者ホーキングは、神は存在すると考えているし、「神のみ心」を科学的に解き明かすことに最大の関心を持っているようだ。

ホーキングが「神のみ心」を科学的に解き明かすことができるかどうかはまだ判らないが、神から選ばれたような偉大な哲学者には「神のみ心」を哲学的に推し量ることができたのではないか。その点では哲学が科学に先行しているように思われる。


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