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2014年9月 1日 (月)

霊魂の哲学と科学(その48)

霊魂の哲学と科学(その48)
第6章 霊魂の科学(16)
第6節 霊魂と国家(5)
2、正義について(4)

(3)コミュニティについて(2)

 そうなのである。私の問題意識はまさにそこにあって、現実には難しくとも、そういう理想のコミュニティに向かって努力することが肝要である。私は、バウマンが楽園の異名といったり、ユートピアみたいなものといったり、「想像のコミュニティ」といったりしている地域コミュニティを、マイノリティを救済するNPOが存在するという大前提で、私たちが現実に目指すべき理想のコミュニティと呼ぶことにする。私は、バウマンが言うように、地域コミュニティからはじき出されるマイノリティが出てこざるを得ないが、マイノリティが助けを求めて逃げ込む避難所がどこかにあれば、その地域社会は健全で慈悲に満ちていると思う。私たちはそういう理想的な地域社会を「地域コミュニティ」を中心に創り上げていかなければならない。民主主義の原点は草の根の民主主義であり、ポピュリズム(大衆主義)にもとづき民主主義を進化させるには、地域コミュニティにおける草の根民主主義が不可欠である。しかし、その地域コミュニティには、別途マイノリティーの「駆け込み寺」のようなNPOが存在するというのが大前提である。

 ところで、人びとが幸せにイキイキと生きていくには、何よりも政治が大事だと考え、そのために哲学の大系を作り上げた人はプラトンである。その後偉大な哲学者が出てはいるが、すべてプラトン哲学の部分的な脚注だと言われている。私は今の日本の政治を ポピュリズム(大衆主義) であると肯定的に捉えながら、その「ゆくえ」を心配している。今上述したように、民主主義の原点が草の根民主主義にあるとすれば、民主主義がどうなるか、 ポピュリズム(大衆主義)がどうなるか、そのゆくえはひとえに地域コミュニティが今後どうなっていくかにかかっている。地域コミュニティの有り様次第である。かかる観点から、私の電子書籍「エロスを語ろう・・・プラトンを超えて!」(未定稿)の第10章では、「ポピュリズムのゆくえ」を考える際の基本的な問題として「対話と地域コミュニティ」という問題を取り上げた。プラトンの考えからいえば、まず政治家が問題提起をし、それをもとにさまざまな対話が起こるのであって、対話の原点には政治家がいる。したがって、政治家たるものは、地域の人々の幸せのために欠かすことのできない問題についてはそのための政策を発信しなければならない。私は「エロスを語ろう・・・プラトンを超えて!」(未定稿)の第1章第6節で、『政治家は、企業がそうであるのと同じように、良い政治商品を一般大衆に提供していけば良いのである。それがポピュリズムの本質だ。』と述べているが、市場経済下におけるポピュリズムが成功するかどうかは政治家の質にかかっている。政治家は天下国家の事も考えねばならないし地域コミュニティの事も考えねばならないが、何よりも大事なのはプラトンがいうように「哲学」である。プラトン以降政治を語った哲学者は見受けられない。政治を語った偉大な哲学者はプラトンをおいてほかにないのである。かかる観点から、「ポピュリズムのゆくえ」を探る上でプラトン哲学が不可欠と考え、この本ではプラトンを中心として思索を重ねてきた。プラトン哲学の心髄はエロス論であると思う。では、プラトンのエロス論がどのように「ポピュリズムのゆくえ」と関係してくるのか?

 地域コミュニティというものは、必ずマイノリティがでてくる。これは避けられない。地域コミュニティはマジョリティの住み良い地域社会のことであり、そこからはじき出されたのがマイノリティであるから、地域コミュニティの問題を考える際には、マジョリティとマイノリティがともにイキイキと生きていけるような社会構造というものが問題となる。したがって、政治家と住民はともにこの問題を考えて対話を重ねていかなければならない。
  私たちは身体を生きているが、それはとりもなおさず「エロスの原理」によって生きていることに他ならない。主体がすべての対象と向き合うとき、その対象が女性であれ男性であれ、自然であれ、神であれ、すべての場合、「エロスの原理」が作用する。このことは上述したとおりである。だとすれば、マジョリティとマイノリティがともにイキイキと生きていくための原理として「エロスの原理」は考えられなければならない。「エロスの原理」のもとづく社会構造とはどのようなものか? そこが問題で・・・・、この本の主題はそこにある。「エロスの原理」を考えないと「理想的な地域コミュニティ」は作れないというのが私の基本的な考えである。

 私は、これから人びとがイキイキとした生活をしていく上で、地域の人々に求められる
知性として「エロス」が基本的に大事であると思う。「エロスの原理」は、差異を認めた上でそれを乗り越える原理である。愛、善、慈悲を生じせしめるものは「エロスの原理」である。愛、善、慈悲は、自分自身が「対象」に働きかけてはじめて、「自分と対象との響き合い」が起こり、その現象の中で生成される。まず「対象」を見つけてそれに向かっていかなければならない。そういう志向性の中に愛、善、慈悲は生成される。

 地域コミュニティにおける対話は民主主義の原点である。ポートランドがその模範だが、数多くのNPOがあり、政治家と住民の対話が大変うまくいっているので、地域コミュニティがうまく機能していれば住民はイキイキと生活ができる。ポートランドは参考にすべき点は多いと思う。しかし、理想をいえばその他にも考えねばならない事がある。 現実には難しくとも、 理想的な地域コミュニティを作るために私たちは努力をしなければならないのである。私が考える努力の方向は、三つある。ひとつは「地域通貨」である。「地域通貨」については、私の電子書籍「祈りの科学シリーズ(6)「地域通貨」で詳しく述べた。地域通貨は、私が地域コミュニティにおける「信頼切符」と読んでいるもので、地域コミュニティに信頼関係ができていれば、その発行は容易である。また逆に、最初は有志で小さく始めたとしても、そのうちに地域コミュニティ全体に広がり、地域コミュニティの信頼関係が醸し出されていく。そういう可能性を持ったボランティア経済というか贈与経済における通貨である。地域通貨は地域コミュニティを作り上げていく上でもっとも大事なことがらである。努力すべき二つ目はマイノリティを支援するNPOが地域コミュニティに多数あることであり、三つ目は、「エロスの神」が地域コミュニティ或いは域外に多数存在することである。

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