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2014年9月12日 (金)

霊魂の哲学と科学(その58)

霊魂の哲学と科学(その58)

第7章 怨霊と御霊信仰(4)

臼田乃里子の「供犠と権力」の要点はまだ続くのであるが、怨霊と御霊信仰の話に入る前に、今まで述べてきた供犠に関する知見を、私の御霊信仰論との関係で整理しておきたい。

臼田乃里子の「供犠と権力」の要点で述べられている上記の供犠は、AタイプとBタイプとCタイプの三つに分けたいと思う。Aは人の生け贄であり、Bは動植物の生け贄であり、Cは戦いで非業の死を遂げた勇士であり、祟りをなした者である。このうちAとBは神に捧げられるいわゆる生け贄であり、Cは神として祀られる霊魂である。怨霊とは、非業の死を遂げた人の霊魂で、これが生きている人に災いを与えるとして恐れられている存在である。したがって、臼田乃里子の「供犠と権力」の要点で述べられている上記の供犠のうち、AとBは生きている人に災いを与える訳ではない。少なくとも生きている人が自分らに災いが及ぶとは考えていない。したがってAタイプとBタイプの供犠は怨霊ではない。しかし、14のCタイプは、祟りをなした或いは祟りをなす恐れのある霊魂であるので怨霊である。問題ははたしてこの霊魂が供犠なのかどうかである。供犠とは、神に犠牲をささげ,それを媒介として人間が神に祈る儀礼のことである。ところで、戦いというものは戦死者を出す目的で行うものではないけれど、戦いで非業の死を遂げた者は戦いの犠牲者であることは間違いない。その犠牲者を媒介として神に祈る儀礼が行われれば、その儀礼の際、戦死者をもって神に犠牲をささげたので、神のご加護をお願いしたいと祈ることになるので、戦死者は、神への供犠であると言えよう。いちばん大事なのは宗教者の呪術であるが、宗教者の呪術によって戦死者は神の国に赴いて神の仲間となる。いずれ述べることになるが、神にもいろいろあって、絶対神の下に多くの神が存在する。戦死者はその仲間に入るのである。Aタイプの供犠すなわち生け贄の霊魂はすべて神の国に赴いて、神の仲間入りをする。Bタイプの霊魂はすべて神の国に赴くけれど神の仲間入りをする訳ではない。

以上、Aタイプの供犠とBタイプの供犠とCタイプの供犠の違いがご理解いただけただろうか。
ところで、以上に述べてきた供犠の話と以下に述べる怨霊と御霊信仰の話を繋ぐのは、上記14と15である。冒頭に述べたように、 私はかって電子書籍「怨霊と祈り」を書いたが、その中で何故怨霊が守護神に変身するのか、ということはまったく触れていない。
その理由が判らなかったからである。その原因は15で臼田乃里子が重視している「モリス・ブロック」の理論( 生け贄から狩猟者へ転換されることについての理論)を私がまったく知らなかったからである。また、14で臼田乃里子が紹介した柳田国男の八幡神社に関する見解も私はまったく知らなかった。私はかって八幡神社についていろいろと書いてきたが、全国に3万社あると言われる八幡神社が御霊信仰の流れを汲むものであるとはまったく知らなかった。だから、今まで書いてきたものに若干手を加える必要があるかもしれない。八幡神社に関する代表的なページを次に紹介しておこう。
http://www.kuniomi.gr.jp/togen/iwai/8tanjyou.html
http://www.kuniomi.gr.jp/togen/iwai/masasoku.html

平将門の「新皇」即位という破天荒な儀式が巫女によって演出されたというだけでなく、即位を正当化するものとして、八幡大菩薩と菅原道真が登場しているは驚きである。天神(菅原道真)が怨霊であるというのは判るが、何故八幡大菩薩が怨霊なのか?それとも、八幡大菩薩はすでに御霊に変身して武家の守護神になっていたのか?なぜ将門が八幡大菩薩を持ち出したのか? その点が私が今後考えてみたい問題点だ。

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