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2014年9月16日 (火)

霊魂の哲学と科学(その62)

 霊魂の哲学と科学(その62)
第8章 「神」はどこに存在するのか?(2)

第1節 天におわす「外なる神」(2)

ところで,神道の八百万の神(やよろずのかみ)は「外なる神」であろうか,それとも「内なる神」であろうか。
山形県に葉山信仰というのがある。人が亡くなって暫くは、その魂が山の頂上あたりの空中にとどまっていて,やがては「天」に昇っていって神となる。そういう信仰だが,こういうことも加味して考えると,八百万の神は「天」にまします「外なる神」ではないかと思う。
なお、妙見信仰というのはそもそも神道なのかどうかよく判らないところがある。記紀(古事記・日本書紀)などに名前だけ出てきて活躍が記載されていないことから、日本古来の信仰に繋がるものではなく、やはり中国の道教に繋がるとする説が有力だが、その真偽はともかく,妙見信仰の神は北極星(太一神)であり,これは間違いなく「外なる神」である。神仏習合の影響で妙見菩薩という仏さまも居られるので、「神」と言い切るのはちょっとはばかれるが・・・。
いずれにしろ、日本では神仏習合の影響で、神について語りだすと切りがないほど難しい問題が一杯ある。したがって、「神」の話はこの辺で切り上げて,先に進もう。これから
進めるべき課題は,「外なる神」と「内なる神」の科学的な説明である。「外なる神」と「内なる神」の存在がはたして科学的に説明できるのか? 次はいよいよ・・・極めて大事な話に移っていこう!

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