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2014年9月29日 (月)

山地拠点都市構想(その2)

山地拠点都市構想(その2)
前編のはじめに(2)

国の内外において、いろんな思想が錯綜し、いろんな情報が飛び交う中で、日本がこれから向かうべき方向をはっきりさせなければならない。それには、新たな霊魂論を展開し、プラトンの国家論を下敷きにして、新たな国家論を展開することだ。私の霊魂論と国家論、それらは誠に未熟なものであるけれど、先に「霊魂の哲学と科学」という論文でそれを書いたので、その要点をここに示しておこう。

平成25年1月27日の世界日報に、映画監督の篠田正浩、この人は1950年に早大で箱根駅伝の2区を走った方だが、その人が、箱根駅伝の存在意義を「箱根の山を目指し、その先には富士山がある。だから箱根駅伝は、若者が日本の霊峰を目指して走る神事だ」と語っているのが紹介されていた。相撲は本来神に捧げるものであるし、本来歌舞音曲もそうである。私も箱根駅伝は神事だと言って良いと思う。だとすれば、東京から箱根に向かうそのコースはさしずめ「霊ライン」と言って良いのかもしれない。私はいずれ機会を見て「霊ライン」についてもその科学的説明をしたいと思っているが、そのまえにそもそも「霊とは何か?」を科学的説明をしておく必要がある。「霊魂の哲学と科学」は、私が今まで「平和の原理」を探し求めて旅をしたその決着をつけるために書いているのだが、その結果、「霊ライン」とか「イヤシロチ」とか「風水」とか、はたまた中沢新一が大阪に存在する「ディオニソス軸」などの科学的説明ができるかもしれない。ここでちょっとお断りしておかなければならないのだが、哲学的に思考されるものにできるだけ科学的な説明を加えようという意味であって、随所に民俗学的知見や哲学的知見が出てくるのをご理解いただきたい。
上述のように、この本は、私が今まで「平和の原理」を探し求めて旅をしたその決着をつけるために書いているので、まず「怨霊」、「妖怪」、「天狗」、「鬼」とは何ぞや、というところから書き始めている。第1章は私の「妖怪論」である。怨霊も妖怪も天狗も鬼もすべて霊的な存在だが、怨霊も天狗も鬼も単なる妖怪ではない。「神」に変身するのである。特に怨霊については、「神」に変身するためには「呪術」が不可欠である。「呪術」というものは不思議な力を持っている。そこで、第2章は「呪力」について述べた。第2章では、岡本太郎の名著「美の呪力」の要点を紹介している。第3章は谷川健一の「魔の系譜」を紹介した。谷川健一が「 普遍的な発展の法則にしたがっている日本歴史の裏側に、もう一つの奇怪しごくな流れがある。それは死者の魔が支配する歴史だ。」・・・という基本的な認識から、「魔の系譜」という本を書いている。これも霊を語る上で必読の本であるので、私が考える・・・いちばん肝心なところ(心髄部分)を選び出して、必要な解説を書いている。

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