« 霊魂の哲学と科学(その35) | トップページ | 霊魂の哲学と科学(その37) »

2014年8月20日 (水)

霊魂の哲学と科学(その36)

霊魂の哲学と科学(その36)
第6章 霊魂の科学(4)

第2節 系統発生について(2)

 どうです。胎児の成長というのはまことに摩訶不思議ではありませんか。こんな摩訶不思議な現象がどうして母親の腹の中で起り得るのか? それが私の問題提起であり、みなさん方に是非考えてほしいことなのだが、以下に私の考えを申し述べることとしたい。
系統発生は、身体の中における自立的なエネルギーで生じるのではない。天から何らかの波動が入ってくる。天に存在する魂には、その人が生命を獲得してから以降に発した過去、もちろん胎児や胎芽のときもふくめてだが、過去のすべての波動を含み、波動の束となっている。
心も波動の塊かたまりであるが、その波動の塊は身体の中に当然ある。しかし、実は、それと同じものが天にもあるのである。まずこのことをご理解いただけなければならない。
私は、電子書籍「祈りの科学シリーズ(1)<100匹目の猿>が100匹」に書いたので、是非、それをご覧戴きたい。
http://honto.jp/ebook/pd_25231954.html

私も私の両親や先祖はもちろん、私が生命を受け継いできたすべての生命体、それは進化の系統樹を遡ることになるのだが、すべての系統生命は、現在なお、波動の形で天に存在しているのである。天というか宇宙は「波動の海」であるのだ。
さあ、そこで問題なのは、「精子と卵子が合体した時、その天にある母自身の波動の束が母の身体の中の波動の束と共鳴するのか」という問題である。すなわち、母親の波動の束が直接精子と卵子の合体に作用して生命が誕生するのか、という問題である。私が思う
に、実は、私の霊魂観はプラトンのそれと異なる部分があるのだが、魂というものは身体が死んでしまってから、そのひとの魂は天に永久に存在するということについては、まったく同じ認識である。詳しいことは、後ほど申し述べるが、私は、その母親の両親を初めとする系統生命の魂がその母親の身体の中に入ってきて、子供の生命を生むと考えている。
私は先ほど「私の霊魂観はプラトンのそれと異なる部分がある」だと申し上げたが、私は、「魂は、身体が死んだ時、身体から離れて天に昇っていくのではなく、生前から天に存在した魂がそのまま永遠に生き続け、身体の中にある魂は身体の死とともにしにたえる。」のだと思っている。つまり、魂は身体と天との間を出たり入ったりするのではなく、身体と天に同時に存在していて、二つの魂が常に共鳴している。身体の魂が成長するにつれて、天の魂もそれに同期して成長する。私の考えはそういうことだ。私たち人間は、アメーバーの状態から進化の過程を経て、現在の姿がある。その間、そのときの生命体に応じて天に存在した魂が、そのまま天に存在している。魂は不死であるので、その魂は生命体に応じて天に存在しているので、生命体が進化してきた以上、魂も進化してきていると考えざるを得ない。あらゆる生命体が進化するのと同じように、魂も進化するのである。
最初の生命体の誕生、その時の魂が進化して現在の私たちがいる。問題は、私たちの魂がどのようにして身体の中で成長するか、ということである。本来魂は天に存在している。

« 霊魂の哲学と科学(その35) | トップページ | 霊魂の哲学と科学(その37) »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1117507/57132313

この記事へのトラックバック一覧です: 霊魂の哲学と科学(その36):

« 霊魂の哲学と科学(その35) | トップページ | 霊魂の哲学と科学(その37) »