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2014年8月 7日 (木)

霊魂の哲学と科学(その23)

霊魂の哲学と科学(その23)
第5章 霊魂の哲学について(16)

第4節 神と悪魔との違い

以上に述べたように、ホワイトヘッドは、その哲学によって、神の存在を明らかにしたが、同じ論理展開を行えば、霊魂の存在もそのまま説明できる。また、歴史的にいろいろと悪魔が語られてきたが、それらの悪魔論において、悪魔が神と見なされている思想も少なくない。以下において、歴史的に悪魔についてどのように語られてきたか、ウィキペディアによって、その勉強をさっとしておきたい。

1、ギリシャにおける悪魔
悪魔を指す西洋語の「デヴィル」 はヘブライ語のサタンのギリシア語訳ディアボロス から派生した言葉であり、キリスト教の神に敵対する存在を指す。
悪魔と和訳される西洋語の「デーモン」(フランス語読みで「デモン」とも)の語源は、ギリシア語の「ダイモーン」である。デヴィルとデーモンはいずれも、ラテン語で神を意味するデウス (deus) と同様に、サンスクリットで神を意味する語である。
ところで、 ハイデガーが言うには、「エートス・アントロポイ・ダイモーン」という言葉をヘラクレイトスが使っている。これはギリシャ人の思考を非常にうまく表現しているという。「エートス」親しくあるもの、「アントロポイ」は人間、「ダイモーン」はギリシャの神々である。だから、「人間にとって親しくある場所は神の近くにいることである」という意味だとハイデガーは言っているのだが、ここで留意していただきたいのは、「ダイモーン」という言葉が神という意味で使われているということだ。

2、 キリスト教における悪魔

ギリシア語の旧約および新約聖書では悪霊的存在がダイモーンと記されており、使徒パウロ、教父アウグスティヌスは、異教の神と悪魔を同一のものとして記述している。アウグスティヌスは『神の国』第10巻において、人を欺くダイモーンの危険性を指摘した新プラトン学派の哲学者ポルピュリオスの不徹底を批判し、ダイモーンはすべて悪霊であって、異教の神々は悪霊が偽装したものであるとした。アウグスティヌスは、キリスト教徒はイエス・キリストの再臨によってやがて来る神の国に入れられるが、悪魔の国に属する悪魔の子たちは地獄に落ちると教えている。カトリック教会における悪魔憑きは、外から語り
かけることによって始まり、体内に入り、体を乗っ取る「憑依」によって完成する。

3、グノーシス派の悪魔
グノーシス主義では、旧約聖書の創造神ヤハウェがこの世の悪しき支配者とみなされ、悪魔化された。それ以下の偽りの神や悪霊的存在とみなされたものはアルコーンと呼ばれた。グノーシス主義においては、アルコーンは低次霊的存在で、地上の支配者である。アルコーンに対比されて、超越的天上界に位置する諸アイオーンが存在する。

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