« 霊魂の哲学と科学(その20) | トップページ | 霊魂の哲学と科学(その22) »

2014年8月 5日 (火)

霊魂の哲学と科学(その21)

霊魂の哲学と科学(その21)
第5章 霊魂の哲学について(14)
第3節 ホワイトヘッドの霊魂観(8)

4、永遠的対象について(2)

ホワイトヘッドはすべての存在は動いている、万物は流転しているということを考えた。
ホワイトヘッド哲学の基本はそこにある。そこでホワイトヘッドは、私たちの感覚に合致するように、「永遠的対象」ということを考えついたのである。この「永遠的対象」という概念は、ホワイトヘッドのきわめて難しい哲学と私たちの常識的な感覚とをつなぐ「橋」である。ホワイトヘッド哲学の難しい世界からこの「橋」を渡って私たちの現実の世界に立ち戻れば、私たちがどう生きなければならないのか、また現実の社会がどうあらねばならないのかが見えてくる。現実の社会に生きる私たちがホワイトヘッド哲学を具体的に活かすための「橋」、それが「永遠的対象」である。
中村昇は、その著「ホワイトヘッドの哲学」(2007年6月、講談社)の中で、ホワイトヘッド哲学における「永遠的対象」について次のように述べている。すなわち、

『ホワイトヘッドは、変化のただなかで、変化せず、いわば「名詞」的に固定されているものを「永遠的対象」という言葉で取り出した。ホワイトヘッドは、つぎのようにいう。
これらの超越的存在は「普遍」といわれてきた。わたくしは、「永遠的対象」ということばを使って、「普遍」ということばが哲学で長く問題にされたために、くっついているおおくの先入観から脱したい。だから、永遠的対象は、最初から抽象的である。(「科学と近代世界」)

「普遍」ということばで意味されるような、この世界から離れたところに存在しているものという印象を払拭するために、あるいは、中世における普遍論争と同類のものが生じる可能性をなくすために、ホワイトヘッドは、「永遠的対象」という概念を使うという。この「永遠的対象」は、完全に現実からはなれている訳でもないが、だからといって、現実にどっぷり埋没している訳でもない。「活動的存在」が活動している領域とは異なるところから、「活動的存在」に入り込んでくる(ホワイトヘッドは、このことを「進入」という)ものなのだ。
たとえば、複雑で目くるめくようなこの世界の混沌を前にして、われわれは「コップ」という言い方で、その一断面を切り取る。そのときの「コップ」や、その「色」や「形」が、「永遠的対象」だ。流動している過程のなかの変化していない側面が、「永遠的対象」なのである。永遠的対象が「抽象的」だというのは、具体的で変化し続けている状態から、引き出されたもの(抽象)だからだ。ホワイトヘッドは、つぎのようにいう。
わたしが使う「抽象的」ということばの意味は、永遠的対象が本来あるところのもの・・・つまり、その本質・・・は、なにかひとつの個別の経験の生起と関連させなければ理解できないということだ。(「科学と近代世界」)』・・・と。

以上のように、ホワイトヘッドは、「抽象的」な「永遠的対象」という独特の概念を使って、「活動的存在」の世界と現実の世界との関係を形而上学的に説明する。厳密ではないけれど、ざっくり言って、「活動的存在」の世界とは神や霊魂の世界と考えてください。
そうすれば今私が何を説明しようとしているのかがお判りになる筈です。
神と私たちとの関係、これが問題の焦点だが、「抱握」という概念が主語と述語を包括しているように、「活動的存在」と現実の存続物と関係、つまり神と私たちとの関係についても、ホワイトヘッドは「永遠的対象」という中間的なものを使って、自然理解を二元分裂(bifurcation)させてしまう哲学や科学の見方に対する異議申し立てる形で、神と私たちとの関係を説明しているのだと私は思う。ホワイトヘッドの説明は、もちろん神に焦点を当てた形而上学的な説明であるが、霊魂に対してもまったく同様の論理でその存在が説明されいているものと思うのである。そこがホワイトヘッドの凄いところだ。

さて、どんな哲学書を読んでも「永遠的対象」の概念を容易に理解することはできない。
それほど形而上学的な思考はややこしいということだ。そこで、私流の説明として判りやすい説明をしたいと思う。「永遠的対象」とは何か? 私は冒頭に、「『現実の社会に生きる私たちがホワイトヘッド哲学を具体的に活かすための「橋」、それが「永遠的対象」である。』と申し上げた。では、この「橋」とは何か?

ここでいう「橋」とは「関係を変換するためのもの」、つまり「変換方程式」である。もちろん、これは「永遠的対象」という抽象を判りやすく説明するための便宜的な私の抽象概念であって、そんな方程式が実際に存在するという訳ではない。

« 霊魂の哲学と科学(その20) | トップページ | 霊魂の哲学と科学(その22) »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1117507/56994952

この記事へのトラックバック一覧です: 霊魂の哲学と科学(その21):

« 霊魂の哲学と科学(その20) | トップページ | 霊魂の哲学と科学(その22) »