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2014年8月 6日 (水)

霊魂の哲学と科学(その22)

霊魂の哲学と科学(その22)
第5章 霊魂の哲学について(15)
第3節 ホワイトヘッドの霊魂観(9)

4、永遠的対象について(3)

私たちの世界には物理現象に対してはその現象を説明する方程式が存在する。しかし、心の問題や神の問題が絡んでくると、その関係性を説明する方程式は存在しない。「活動的存在」は生成と消滅をくり返す世界であるから、これは、一応、イメージとして量子の世界を念頭に置いてほしい。量子の世界は波動の世界であり、そこには量子間の関係を説明する波動方程式というものが考えられている。量子力学のことである。しかし、波動の世界においても、心の問題や神の問題が絡んでくると、その現象を説明する方程式は今のところ存在しない。現実の世界においても量子の世界でも、心や神の問題を説明できる方程
式は存在しないのであるが、ここでは、一応、現実の世界においても量子の世界においても、すべての現象を説明し得る方程式が存在するとイメージしてほしい。
現実の世界と量子の世界にはそれぞれ成り立ちの異なる方程式があるとイメージしてほしい。この二つの成り立ちの異なる方程式を変換するには、中間的に何か変換方程式のようなものを考えざるを得ないだろう。それが相異なる世界をつなぐ「橋」である。

現実の存続物にはそれなりの本質的な意味がある。しかし、その本質的な意味を生じせしめているのは、生成と消滅をくり返す「活動的存在の世界」、つまり「量子の世界」である。そこで生じた本質的な意味を私たちは「橋」という変換機能によってはじめて「抱握」しうるのである。神や霊魂は「活動的存在の世界」、つまり「量子の世界」に存在する。しかし、そのままでは私たちはそれを「抱握」できない。私たちは「橋」という変換機能によってはじめて心や神の存在を「抱握」しうるのである。この文脈ではざっくり言って「抱握」は「感じる」のこと(フィーリング)であると考えてもらっていい。

さて、「橋」というのは行ったり来たりができる。「活動的存在」によって生み出された存続物に秘められた本質的な意味が、その「橋」によって私たちは「感じる」ことができる。また、逆に、現実の世界で私たちの「feeing(感じ)」によって、原初的な本質とは異なるものが生成される可能性がある。私たちの感じ方の如何によって、神は生き生きとしてくるのである。

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