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2014年8月19日 (火)

霊魂の哲学と科学(その35)

霊魂の哲学と科学(その35)
第6章 霊魂の科学(3)

第2節 系統発生について(1)

私は、三木成夫の著書「胎児の世界」(一九八三年五月、中央公論新社)をもとに、「系統発生」の摩訶不思議を書いたことがある(電子書籍「女性礼賛」の第2章)。
www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/onna02.pdf

その中の「系統発生」の部分をここに抜き書きしておこう。
『 ニワトリの胚、いわゆる胎児は、黄味の天辺に張り付いた臍のような「胚盤」からできてくる。最初は小さな小さな<ちょん髷(まげ)>のようだ。卵を温めはじめて三日目にもうそれはできかかる。そして、あたかもこれと併行して、まん丸い血管の網が、その髷の周りの黄味の表面に姿を現す。卵黄血管網である。一方、この楊枝(ようじ)の先にも満たない胎児にも、その頸(くび)の付け根には、S字にうねった原始の心臓の管が姿を見せ、ここから細い大動脈の芽がのびて体軸を貫く。
こうして発生の初期、ニワトリの血液は心臓管から大動脈を経て、周りの卵黄血管網に流れ込み、やがてその円の周りに沿って左右からふたたび心臓管にもどるというかたちで、ぐるぐると循環を開始する。それは親の<遺産>の黄味によって胎児が養われ、刻一刻と成長していくのである。』
『「個体発生は系統発生をくり返す」という呪文のようなことばが私の頭から離れず、人体のなりたちを知るためには、やはり、こうした動物の胎児の世界も避けて通ることはできないだろう。ニワトリの卵に手を出し、肉眼では見えない血管に墨を注入し、その網の目のでき方を調べようとしたのも、すべてこのような経緯からにほかならなかった。』
『原始の脊椎動物である八つ目ウナギは出羽鳥海山の麓で、硬骨魚類のニジマスは青梅の寒村で、両生類のサンショウウオは山陰の山奥で、爬虫類のアオウミガメは阿波の海岸で、それぞれ卵が採集され、その少なくとも数百個が慎重に研究室に運ばれる。そこで細心の注意を払ってそれらの卵を育てながら、毎日毎日の変化をにらみ、発生の段階を追って、それぞれの時期の標本をつくっていく。これが私の取り組んだ「比較解剖学」の研究内容である。』
『 孵卵器の卵は、こうしていよいよ四日目の後半に入る。成長はめざましい。ひとまわり大きくなった勾玉(まがたま)のからだを激しくうねらせながら、胎児は心臓を怒濤のように波打たせる。』
『 そこにはまぎれもない<ニワトリ>の顔があるではないか。昨夜からひとまわり大きくなったといっても、勾玉はまだせいぜい小指の先ほどだ。しかし、見るがいい。それまでの鰭(ひれ)のような前肢(ぜんし)の突起は、明らかにもう将来の翼の方向を目ざしている。その口もとは、だれが見ても、ヒヨコの嘴(くちばし)だ。やっぱり、ニワトリだった・・・
。』
『 ふつう、胎児の発生は、生体の顔かたちができてきたら、そこでまず一息つく。発生のスピードは、それ以降は急速に衰える。』
『 陸上動物のどんな脾臓(ひぞう)も、発生の初めはみな腸管にくっついていたに相違ない。それが次第に独立していく。』
『 胎児は、受胎の日から指折り数えて30日を過ぎてから僅か一週間で、あの一億年を費やした脊椎動物の上陸誌が夢のごとく再現する。』

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