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2014年8月15日 (金)

霊魂の哲学と科学(その31)

霊魂の哲学と科学(その31)
第5章 霊魂の哲学について(24)
第7節 活動存在としてのさまざまな神(4)

3、シヴァ神

ニーチェの「ツァラトゥストラ」はゾロアスターのドイツ語であり、ゾロアスターもシヴァの変身したものである。世界最古の神はシヴァ神である。これはまた世界最強の神ともいわれている。

http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=B68XnAPOf5w#!

これからの時代、世界は、どう考えてもシヴァに祈りを捧げる時代です。是非、この
youtubeをご覧ください!これが世界最強の神シヴァの実態です。
「なまシーヴァよ、なまシヴァよ!ハルハルホーレイ!なまシーヴァ!」・・・いいです
ね!この動画に、リンガとヴィギナが随所にでてきたのにお気づきになりましたか?
ここがキリスト教にはないところです。

 現在、日本もそうだが、世界は「人間が生きる最高の価値観」を失ってニヒリズムに陥っている。そのニヒリズムから脱却して私たち人間がイキイキと生きていくためには、何をなすべきか? それを一言で言えば、ニーチェの考えを中心として、ハイデガーやホワイトヘッドらの哲学のいいところ取りをして、ニーチェの哲学を超えた新しい哲学の方向を見定めて、具体的な運動を展開することだ。そういった新しい哲学、すなわちニーチェとハイデガーとホワイトヘッドの統一哲学が形而上学的に誕生するにはかなりの年月がかかるかと思われる。現在の状況からして、それを待っているわけにはいかないというのが私の認識であり、したがって、私は、せめてその方向性を見定めて、具体的な運度を展開すべきだと申し上げたいのだ。
 私は前章で『 人生いろいろ、神もいろいろだが、哲学の問題としては、神をアポロン的な神とディオニュソス的な神とに峻別しなければならない。アポロン的な力とディオニュソス的な力の統一がパラドックス論理によってなされなければならないのである。エロスについても合理と非合理の統一がなされなければならない。ニーチェはキリスト教の神と戦うことに一生を捧げたので、その必要性を認識しながらも、パラドックス論理を使うに至らなかったと言い得るかもしれない。必然的な自己矛盾を克服できなかったのである。私は、今後、ニーチェの神に対する考えを中心として、ハイデガーやホワイトヘッドらの良いところ取りをして新しい21世紀の哲学を作ることができると思う。』・・・と申し上げた。

 古代ギリシャにおいては、ディオニュソス=シヴァと考えておおむね間違いではないが、実は、厳密に言えば、両者の間に異なる点がある。これ以降、私は、ディオニュソスとシヴァを峻別して、ディオニュソスをシヴァと言い換える。シヴァはまさに東洋的で、ディオニュソスの源流に存在する。西洋的なものと東洋的なものを統一した哲学を考える場合、少しは西洋の色の染まったディオニュソスよりも西洋の色のまったく染まっていないシヴァを対象にすべきだと思う。アポロンは西洋であり、シヴァは東洋である。シヴァは自然の神であり、シヴァの思想は都市に徹底的に反対してきた。その自然が今まさに大きくクローズアップされてきている。

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