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2014年7月 4日 (金)

医心方(その15)

医心方(その15)

第1章 中国伝来文化と医心方

第3節 明日香と医心方(2)

1、 甘樫坐(あまかします)神社の盟神探湯(くがたち)(2)

盟神探湯(くがたち)については、日本書紀の允恭天皇四年九月条に、このような記事がある。

『 諸氏姓の人を斎戒沐浴させ盟神探湯(くがたち)させられた。味橿丘(うまかしのをか)の辞禍戸岬(ことまがとさき)に探湯瓮(くかべ)を据え、諸人を引いていき、「実を言うならばなんともなく、偽る者は必ず火傷する」と言った。諸人は木綿襷(ゆふたすき)を着けて釜に赴き探湯した。実を言う者はなんともなく、実を言わない者はみな火傷したので、ことさら偽る者は愕然として退き、釜に進まなかった。これより後、氏姓は定まり、偽る人はいなくなった。』・・・と。

当時、諸氏族は数多くの支族に分かれて乱立し、てんでばらばらに出自を飾って氏姓の乱れが激しかった。そこで允恭(いんぎょう)天皇はこれを正そうとされ、味橿丘、つまり現在の甘樫丘の先端部分で盟神探湯(くがたち)を行わせたのである。



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