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2014年7月22日 (火)

霊魂の哲学と科学(その8)

霊魂の哲学と科学(その8)

第5章 霊魂の哲学について(1)

第1節 序論(1)

ネットサーフィンをしていると、幽霊に関心を持っている人が結構多いことに気がつく。
その中で私が注目するホームページを二つ紹介しよう。
久保有政 (くぼ ありまさ):
http://www2.biglobe.ne.jp/~remnant/069ningen.htm
一条真也(いちじょうしんや):
http://d.hatena.ne.jp/shins2m/20120731/1343660470

私は先に、「ユウレイ」について多少私の持論を展開したが、その中で次のように述べた。すなわち、
『 実は、『幽霊学入門』河合祥一郎著(新書館)という本は、「幽霊」に関する学術書であるが、ここでいう「幽霊」は哲学的な意味でいう「霊魂」のことで、奥が非常に深いし、その概念を理解することは大変難しい。私に言わせれば、「幽霊」というものを哲学的に、しかも判りやすく書いた本はなく哲学者はさぼっている。そこで、私は別途「幽霊」について判りやすい哲学的な説明をしたいと思っているが、ここでは「幽霊」と「ユウレイ」は違うということだけを申し上げておきたい。「ユウレイ」とは通常私たちが言っている「通俗的な幽霊」のことである。』
・・・と。

今ここで取り上げるのは、「通俗的な幽霊」ではなく、「哲学的な幽霊」についてである。私の持論は最後に展開するけれど、その前にいくつか勉強しておかなければならない
点がある。まずは、上記のホームページから、私が注目する記事を抜き書きしてみたい。
1、 岩石や土などは「物質」という"存在様式"を持っていますが、神の"存在様式"は「霊」なのです。
2、 大脳を研究する人々の中に、人間の内には無形の精神(霊)があることを認める人が増えています。 たとえば、頭脳活動における神経接合期の機能に関する輝かしい発見によって一九六三年にノーベル賞を受賞したジョン・エクレス卿は、公然と唯物論的な考えに挑戦し、人間は肉体組織と無形の精神(霊)との両方からなる、と主張しました。そしてこう語っています。「もし人間の自己の独自性が、遺伝法則から説明できないとしたら、また経験から由来するものでもないとしたら、これは一体何から生ずるのだろう。私の答えはこうである。それは神の創造による。それぞれの自我は、神の創造なのである」。
彼は、人間の内に神の創造による霊があって、それが人間の自我の個性・独自性をもたらしているとしたのです。
また、カナダの優れた精神病理学者ワイルダー・グレイブズ・ペンフィールドは、頭脳の物質的構造を超えたところに非物質的精神(霊)がある、と唱えています。彼はその著「心の神秘」の中「(頭脳と精神の)二重構造という仮説が・・・・もっとも理解できるものだ」と述べました。彼もやはり、物質的な頭脳と無形の精神(霊)とが互いに深くかかわり合って二重構造を形成している、としたのです。
3、 一九八一年にノーベル生理学・医学賞を受賞した大脳生理学者ロジャー・スペリー博士も、こう述べています。「物質的な力、つまり分子や原子の働きからは、私たちの脳のモデルは描ききれない。それは部分のレベルであって、全体的レベルから部分のレベルをコントロールする意識というものを、考えなければならない」。
彼のいう、全体的レベルから脳をコントロールするこの「意識」というものも、「霊」の考えに非常に近いものとなっています。
4、 霊のあるところに、知・情・意があります。霊は、「私」という自己意識の場であり、すべての思考、感情、心や思いの源泉です。
5、「悟りの霊」、「知恵の霊」、「祈りの霊」、「主を恐れる霊」のような良い霊もあります。これらはみな、ある分野で人間に影響を与える霊です。
6、『幽霊学入門』河合祥一郎著(新書館)は、科学から哲学まで駆使して検証する「幽霊学」の最新ガイドだそうです。幽霊を愛する15人が、幽霊の真実と怖さの秘密に迫っています。 その執筆メンバーがまことに豪華で、本書の「目次」は以下のような構成になっています。「序」(河合祥一郎) ヨーロッパ中世の幽霊(小林宜子) シェイクスピアの幽霊(河合祥一郎) ゴシック文学の幽霊(今本渉) アメリカン・ナラティヴの幽霊学(巽孝之) ベケットとモダニズム文学の幽霊(田尻芳樹) ヴィクトリア朝の幽霊探究(風間賢二) 幽霊屋敷考(加藤耕一) 女と幽霊――リメイクされる女の性(小澤英実) 演劇の幽霊 コラム(鵜山仁) 日本幽霊学事始(諏訪春雄) 能の幽霊(松岡心平) 幽霊西東――中国と英国と(南條竹則) 千里眼事件とその時代(長山靖生)近現代日本の幽霊文学史をたどる(東雅夫) 現代幽霊小説ベストテン――人間という虚
数(三浦雅士) 「あとがき」(河合祥一郎)
7、『幽霊学入門』河合祥一郎著(新書館)の編者でもある東京大学大学院 総合文化研究科准教授で英文学者の河合祥一郎氏の「シェイクスピアの幽霊」から。その冒頭で、河合氏は「幽霊と“気(スピリット)”」の問題を取り上げ、 次のように述べています。
「シェイクスピアの時代のイギリスでは、人は自然とつながっていた。辺り一面に咲き誇る美しい花を見て晴れやかな気分になったり、雨に降られ て憂鬱な気分になったりするのは、自然という大宇宙(マクロコスモス)と人間という小宇宙(ミクロコスモス)のあいだに“気”が通じ合っていればこそと考 えられていた。リア王が怒りのあまり『風よ吹け、怒り狂え』と叫ぶのも、リアの気の乱れと天気の乱れとが呼応するからにほかならない」
8、 大宇宙と小宇宙、すなわち天体と人体が呼応するという「天人相関説」は儒教にもありました。西洋においては古代ギリシャの「世界霊魂(アニマ・ムンディ)」の思想にまで遡るとして、『幽霊学入門』河合祥一郎著(新書館)の中で河合氏は次のように述べます。『 宇宙に統一原理としての霊魂(アニマ)があると想定するこの考え方はプラトンが「ティマイオス」において完成させたものだが、それによれば 天体の運行の調和は人間の魂の調和と同期した。それゆえ占星術は――今日の星占いとは違って――学問としての意義を認められていた。人間の“気”が宇宙の “気”と結びつくというその思想は、新プラトン主義、グノーシス派、キリスト教神学、そしてルネサンスの自然哲学に至るまで広く受け入れられていたのであ る』・・・と。 そして、そのような「天人相関説」が、シェイクスピアの世界にどのように影響を与えているのか? 河合氏は、『当時の世界観
で重要なのは、人は 独りで生きているのではなく、さまざまな霊や気と呼応しながら生きているという点だ。自我のなかだけで世界が完結しうるかのように錯覚する悧巧ぶった近代理性主義に依拠していては、曖昧模糊たるシェイクスピアの世界は到底理解できない。シェイクスピアの世界は個を超越するスピリットの世界なのである』・・・と述 べています。
9、 18世紀すなわち理性の時代に入り、幽霊にとってはいささか分の悪い時代を迎えたかには見えましたが、にもかかわらず19世紀に入ると、それは心霊主義(スピリチュアリズム)のうちに復活を遂げたのです。心霊主義とは、死者と生者とが霊媒を通して対話することができると考える思想です。(注:19世紀の欧米において、自然科学の発展によるキリスト教の影響力の低下により生まれた思想。)霊媒により死んだ人の霊と交信できる、死んだ人の霊が守ってくれる(守護霊)などの、現代オカルト思想は、ここから生まれた。
10、 1848年にニューヨーク州北部に暮らすフォックス姉妹が騒霊(ポルターガイスト)と交信したとする、いわゆる「ハイズビル事件」 について、『幽霊学入門』河合祥一郎著(新書館)の中で 巽孝之氏は次のように述べています。『ここで注目したいのは1848年、すなわち心霊主義勃興の起源ともいえるフォックス姉妹の事件とまったく同じ年に、かのマルクス=エンゲル ス共著の「共産党宣言」(1848年)が発表され、その冒頭が誰もが知るとおり、こう始まっていることだ――「とある亡霊(specter)がヨーロッパ に取り憑いている――共産主義という名の亡霊が」。この『亡霊』こそは、コットン・マザーが「生霊」と呼び、同書旧訳が「妖怪」と訳して来た存在ならざる 存在である。心霊主義と共産主義の同時発生、いわば超自然思想と唯物論思想の同時発生は、偶然ではない。南北戦争前夜の時代、アメリカ北部にとって南部の 黒人奴隷制はそれ自体が妖怪のごとき呪いであったし、いっぽう南部はといえば、そのころ勃興中の社会主義や共産主義やフーリエ主義などすべての言説を包含 するアグレリアニズムという名の妖怪によって農地再分配が行われ、奴隷制という名の私的所有形態を震撼させる恐怖におののいていた』・・・と。


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