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2014年7月15日 (火)

霊魂の哲学と科学(その1)

霊魂の哲学と科学(その1)

はじめに

私は、建設省に入り、河川局長の前は、中国地方建設局長をしていたが、哲学を勉強しだしたのはその頃からである。
原爆ドームは、あまり知られていないが、私達・・・建設省(中国地方建設局)の庁舎であった。そんなことで、毎年8月6日には、建設省中国建設局長が主催して、原爆ドームの下で、誠にささやかだが内々の原爆慰霊祭を行なっている。
私も、平成元年から平成4年まであしかけ4年、丸3年間、中国地方建設局長をやっていたので、原爆慰霊祭をやってきた。御遺族やら当時の職員に御出席願い、亡くなった方の霊を弔うとともに平和を祈るわけである。

平和の国づくり、・・・・・国土建設という立場から平和の国づくりに尽くすことを誓うわけだ。爆心地に一番近い ところ・・・それが又原爆ドームでもあるが、そういった誠に心苦しいというか・・・恐ろしいというか・・・・なんともいえない場所で慰霊祭をやってい る。・・・・それが私達である。
そういったことで、私は、国土建設という立場から平和ということについて、どうしても真剣に考えざるを得ないのである。平和の哲学とは?・・・・そして、そういった平和の哲学に則った国土建設とはどんなものなのか?・・・・平和の哲学に則った地域づくりはどう進 めていけばいいのか?・・・・そんなことをいろいろと考えさせられてきた。

地域づくりの実践活動をやりながら当時私の考えてきたことは、当時のホームページに書いた。私のホームページは、現在、更新はしていないが、今まで二回の更新をした。
http://www.kuniomi.gr.jp/togen/index2.html
http://www.kuniomi.gr.jp/geki/index2007.html
http://www.kuniomi.gr.jp/geki/

その間、私は、「桃源雲情」と「劇場国家にっぽん」という本を上梓した。
http://www.kuniomi.gr.jp/togen/iwai/togen00.html
http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/gekihon.html

日本の歴史の中で平安時代がいちばん平和な時代であったと言われている。平安時代のどこに平和の原理が隠されているのか? 当時、ちょうど平安遷都1200年ということもあって、私は, 平安時代のどこに平和の原理が隠されているのか・・・ そんな疑問を持ちながら,「怨霊,妖怪,天狗」の勉強をはじめた。平安時代というのは,怨霊のうごめく時代であった。多くの権力者が「呪い」におびえる時代であった。そういう時代がなぜ歴史上いちばん平和な時代になったのか? その秘密は,どうも御霊神社がそうであるように,「祈り」にあるようだと気がつきながら,私は、哲学の勉強を続けていった。

そして、2012年6月には、電子書籍「祈りの科学シリーズ」として、(1)「<100匹目の猿>が100匹」、(2)「今西錦司のリーダー論と松尾稔の技術論」、(3)「怨霊と祈り」、(4)「<祈りの国>にっぽん」、(5)「 天皇はん」、(6)「地域通貨」、(7)「<野生の思考>と政治」、(8)「平和国家のジオパーク」を出版した。

さらにその翌月には、「祈り」とか「神」ということを念頭におきながら、引き続き電子書籍として、「天皇と鬼と百姓と」、「女性礼賛」、「 書評<日本の文脈>」、「さまよえるニーチェの亡霊」を出版した。

その後も、「平和の原理」を追い求める私の旅は続いているが、いろいろと哲学の勉強を進めていくと、どうもプラトン哲学に舞い戻るようだ。そこで、私はプラトンを勉強し直して、「エロスを語ろう・・・プラトンを超えて!」という論文を書いた。
http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/eros.pdf

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