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2014年6月12日 (木)

明日香と阿知王(その8)

明日香と阿知王(その8)

3、医心方と民間療法(4)

丹波康頼の医心方は、天皇や貴族の治療が目的で書かれたものかもしれないが、民間療法にも大きな影響を与えた。それは、槙佐知子の著書「今昔物語と医術と呪術」(1993年4月、築地書館)を見ても明らかだ。その本では次のように述べられている。すなわち、
『 これまで不明とされてきた今昔物語の編著者は、医心方と何らかのかかわり合いのあった人物ではないだろうか。例えば、医心方を撰した丹波康頼の一族で、当時編集に参与した者ではないか。あるいはまた、写本した人物とか・・・。そして「彼」は老子や張湛の言葉に共鳴し、さめた眼で実社会を眺めつつ、筆をとったものと思われる。』・・・と。

今昔物語は、世間で広く読まれた書物であるので、そこに書かれた医術や呪術は広く世間に浸透していって、いわゆる民間療法を作り上げていったのである。 丹波康頼の医心方は、天皇や貴族の治療が目的で書かれたものかもしれないが、民間療法にも大きな影響を与えたのである。
高松塚古墳やキトラ古墳は、明日香が大和朝廷の政治的重要な地域であったことを示しているが、それが庶民の生活文化に影響を与えた訳ではない。一方、阿知王のもたらした中国の80冊の医学書は、丹波康頼をはじめとして多くの人びとの手によって民間療法という形で庶民の生活文化になった。したがって、阿知王は、日本の民間医療の大恩人ということができる。漢方薬、神農祭、庚申待ちなども、阿知王のもたらした中国の80冊の医学書が基になって、日本文化になったものであり、阿知王は、大和朝廷の大恩人ばかりでなく、日本文化の大恩人でもあるのである。



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