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2014年5月26日 (月)

御霊信仰の歴史的考察(その15)

御霊信仰の歴史的考察(その15)

第4節 御霊信仰の本質(5)

ではこれから、御霊信仰の本質に関して、義江彰夫の考えを下敷きにして、私の考えを申し述べることとしたい。

義江彰夫の御霊信仰の本質に関する歴史的考察は、以上長々と紹介してきた最後のフレーズにその結論的なものがある。つまり、『 こうして、怨霊信仰に触発されながら台頭してきた王朝国家は、そのエネルギーを全面に放出させ、存分に跳梁させた上で、その成果をすべて吸収して換骨奪胎し、それを通して自らの統治体制を完成の域にもっていったのである。』・・・というのが、彼の認識の骨子である。
彼が言うように、王朝国家は怨霊信仰に触発されながら台頭してきたのである。そういうことがなければ天皇の権威というものも完成しなかったと思う。

だとすれば、御霊信仰と天皇の権威というものは密接不可分に繋がっている。私は今まで佐伯啓思の著書「正義の偽装」に基づいてわが国における民主主義のあり方や政治のあり方を論じてきたが、天皇の権威に裏打ちされた日本の政治こそ世界に誇るべき統治形態である。そのような日本のあるべき統治形態の大前提である天皇の権威というものが、御霊信仰と深く結びついて成長してきたとすれば、これからの日本のあるべき姿を考える上で御霊信仰に対する深い認識がなければならないことは当然であろう。

また彼は、換骨奪胎という言葉を使っているが、要するに、天皇を中心とする朝廷は、祇園御霊会などの民間のエネルギーをすべて吸収し、御霊会というものを文化としてのカーニバル的祭りが行われるように仕向けてきたのである。

靖国問題は御霊信仰にもとづいて建立されたものであるが、これからの靖国神社のあり方を考えた時、御霊信仰に関して歴史的に培われてきた日本国家としての知恵が生かされなければならない。「天皇の権威の文化化」を図らなければならない。それが怨霊信仰の歴史が教えるもっとも重要な点である。


さて、現代思想の代表者の一人にフーコーがいたが、彼の権力論は御霊信仰の本質を理解する上で大いに参考になる。フーコーは、各時代の「真理」といわれるものが、実は権力によって虚構的に生み出されてきたものだったのだということをその著「監獄の誕生」(田村俶の翻訳、1977年、新潮社)で述べている。本書の要点は・・・『 権力は「知」を生み出す。権力と「知」は相互に直接絡み合う。ある「知」の領域との相関関係が組み立てられなければ権力的関連は存在しないし、権力的関連を想定したり組み立てられたりしないような「知」は存在しないのである。』・・・というものである。つまり、権力というものは、自分に逆らうことがどれほど悪いものであるかを民衆に知らしめるために、全力を挙げて必要な「知」を作り出すので、その時代時代に作られた「知」の歴史的考察こそ大事なのである。そのことについては、「監獄の誕生」が出版される以前に出版された「言葉と物」(渡辺 一民 と佐々木 明 の翻訳、1974年、新潮社)の中で「人間の終焉」という形で宣言される。それは言わば、近代諸学問における人間中心主義の批判である。フーコーは、人間に関する「知」を探究することをやめて、われわれを規定している・・・その時代時代に作られた歴史的な「知」 こそ探究すべきだと考えたのである。

このようなフーコーの哲学と思想から言えば、歴史的な「知」の探求として、御霊会の歴史的考察にこそ力を入れるべきである。そういう意味で、 義江彰夫の著書「神仏習合」(1996年7月、岩波書店)は画期的な本であり、そこに書かれている御霊会の歴史的考察は今後の御霊会研究の出発点となる。

再度申し上げるが、 私は今まで佐伯啓思の著書「正義の偽装」に基づいてわが国における民主主義のあり方や政治のあり方を論じてきた。そして思うことは、天皇の権威に裏打ちされた日本の政治こそ世界に誇るべき統治形態であるということだ。そのような日本のあるべき統治形態の大前提である天皇の権威というものが、御霊信仰と深く結びついて成長してきたとすれば、これからの日本のあるべき姿を考える上で御霊信仰に対する研究は極めて大事である。今後の研究の大いなる進展を期待したい。


この第1章を終わるにあたって、最後に申し上げておきたい。靖国神社は御霊信仰にもとづいて建立されたものであるが、これからの靖国神社のあり方を考えた時、御霊信仰に関して歴史的に培われてきた日本国家としての知恵が生かされなければならない。「天皇の権威の文化化」を図らなければならないのだ!

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