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2014年5月31日 (土)

宗教哲学のおもむき(その5)

宗教哲学のおもむき(その5)

4、神の働き

(1) ヘーゲルのキリスト教哲学によると、キリスト教の歴史=物語は、人間が、自分自身を、「絶対精神」とその本質を共有する存在として自覚してゆく歴史である。この場合、その本質とは、神の側から言えば神の「精神ガイスト」ということになるし、人間の側から言えば自己実現を目指す「絶対精神」ということになる。それらをこれから単に「神の精神」と「絶対精神」と呼ぶことにしよう。キリスト教の物語は、「神の精神」と「絶対精神」とを統一するための物語である。私たち人間の意識としては、神の精神はキリスト教を「是とする意識」であり、絶対精神はキリスト教を「非とする意識」である。是と非は常にせめぎ合って存在している。したがって、私たちの心の中に、時によって深刻な苦悩が生じるが、その苦悩があってはじめて次の飛躍がある。それがヘーゲルの弁証法論理である。苦悩と飛躍、飛躍とまた次の苦悩というように続いて行って、次第次第に私たちの意識は、絶対精神の本質に近づいて行って、遂には、絶対精神の本質、「自己実現を果たした後の心の自由」を獲得することができる。 私は、「神の霊魂」と「私たちの心」との「響き合い」に着目している。 私たち人間は、本来的に、自己実現を目指す絶対精神を持っている。しかしそれが働くかどうかは私たちの意識次第であって、批判的精神、つまり「非とする意識」が重要である。何事も諦めてはならない。「是とする意識」に甘んじてはいけないのである。神の世界に閉じこもってはいけない。しかし、現実の社会において、批判的精神を持ちながら自己実現を目指す努力をしていても、なかなか上手くいかないことも少なくない。そういう時は、やはり「祈り」が必要である。ニーチェのいう「力への意志」によって、自己実現の階段を一歩一歩登って行くことは人生にとって極めて大事なことだが、「祈り」というものも人生に不可欠なものである。

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