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2014年5月13日 (火)

御霊信仰の歴史的考察(その3)

御霊信仰の歴史的考察(その3)

私は、この「殺牛祭祀」をアイヌの「熊送り祭祀」と同じ信仰のものと考えている。アイヌの「熊送り祭祀」は、祈りを込めて神の国に熊の霊を送り返す。それによって、再び熊はこの世で生き生きと繁殖する。人間は神とともにあるし、熊とともにある。熊は「カムイ」なのだ。

アイヌの世界では、古来、冬の終わりに、まだ穴で冬眠しているヒグマを狩る猟を行う。冬ごもりの間に生まれた小熊がいた場合、母熊は殺すが、小熊は集落に連れ帰って育てる。最初は、人間の子供と同じように家の中で育て、赤ん坊と同様に母乳をやることもあったという。大きくなってくると屋外の丸太で組んだ檻に移すが、やはり上等の食事を与える。1年か2年ほど育てた後に、集落をあげての盛大な送り儀礼を行い、丸太の間で首を挟んでヒグマを屠殺し、解体してその肉を人々にふるまう。
ヒグマの姿を借りて人間の世界にやってきた「カムイ」を1、2年間大切にもてなした後、見送りの宴を行って神々の世界にお帰り頂くものと解釈されている。ヒグマを屠殺して得られた肉や毛皮は、もてなしの礼として「カムイ」が置いて行った置き土産であり、皆でありがたく頂くというわけだ。地上で大切にされた「熊のカムイ」は、天界に帰った後も再度肉と毛皮を土産に携え、人間界を訪れる。さらに人間界の素晴らしさを伝え聞いたほかの神々も、肉や毛皮とともに人間界を訪れる。こうして村は豊猟に恵まれるのである。熊の再訪を願うために、人間からの土産としてイナウやトノト(濁酒)、シト(団子)を大量に捧げる。

人間にとってもっとも大事な動物は、縄文時代は熊、鹿であり、弥生時代以降は牛、馬である。「殺牛祭祀」は「神としての牛送り祭祀」であると思う。人々の意識としては「牛」は聖なる神なのであろう。



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