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2014年5月10日 (土)

御霊信仰哲学(その2はじめに2)

御霊信仰哲学(その2はじめに2)

日中戦争についてはすでに私なりの認識を書いた。

http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/manjihen1.pdf

http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/sinajihen.pdf

私は、このような認識に立つならば、中国との歴史認識の根本的な相違はなくなると思う。問題は、わが国の頭の固いというか偏見を持った多くの人たちの認識を変えることの難しさである。欧米の列国がそうであったのだから、どうしても日本のかっての軍国主義を擁護したくなるのは人情である。しかし、中国との歴史問題は、欧米列国との関係ではなく、中国との関係を考えて、孫文に思いを寄せながら、ここはひとつ日本の正義を貫くことが大事ではないか。私はそのような思いから支那事変に関する一連の論説を書いたのである。

靖国問題のもう一つの思想的な問題、「御霊信仰」の問題については、御霊信仰の歴史的考察をした上で、宗教哲学の赴きを見届けないといけないし、その中で、梅原猛の人類哲学ならびに日蓮の立正安国論と関係して法華経をどう理解するかという問題が出てくる。さらに、祈りと呪力に関する科学的な説明をどうするかという難問に突き当たらざるをえない。それら難しい問題をそれぞれなんとか判りやすく説明したいと思っている。大論文になりそうだが、なんとか私なりの思索を重ねて、少しでも皆さんの参考になる論文に仕上げたいと思っている。

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