« 正義の偽装(その58天皇論1) | トップページ | 正義の偽装(その60天皇論3) »

2014年4月29日 (火)

正義の偽装(その59天皇論2)

「正義の偽装」(その59天皇論2)

2、天皇と怨霊・・・天皇の周辺にも血生臭い出来事があった

平安の時代、それは闇が闇として残り、人と鬼が共に生きていた時代。闇に潜(ひそ)みし鬼たちは人の心にまで息づいていた。鬼たちは時に歌に詠まれ、時に歯をむき、人に思いを揺さぶっていく。この時代、多くの神社仏閣が建立されたのも、それら鬼、怨霊、もののけの祟りから逃れるためであった。そして、それらの人々が信じた目に見えぬ妖(あや)しきものたちを世のことわりをもって制するものたちがいた。人の相を観(み)、星の相を観(み)て、天地あまねくに通ずるものたち。彼らこそ、人を平安の闇から陽へと導きし、陰陽師(おんみょうじ)と呼ばれたものたちであった。

北野天満宮の創建のきっかけとなった菅原道真の怨霊はあまりにも有名であるが、光仁天皇が苦悩した淳仁天皇の怨霊というのがある。しかし、それを説明する前に、「いかみの怨霊」について触れておかねばなるまい。私がかって作ったホームページをご覧戴きたい。

最近は誠におぞましい事件があとを立たないが、それらおぞましい事件の中でも親が子供を殺す、子供が 親を殺すという事件ほどおぞましい事件はない。母親の気持ちとしては、自分は殺されてもいい、子供だけは何とか助けて欲しい・・・というのが当たり 前・・・。それが、事もあろうに、自分も殺され、最愛の子供も殺される。しかも・・・・自分が信頼していた夫に・・・である。怨めしい。夫が怨めしい。こ れが怨みをはらさいでか・・・。これが「いかみの怨霊」である。

http://www.kuniomi.gr.jp/togen/iwai/i-onryou.html


奈良時代から平安時代の初期は鬼とか妖怪とか怨霊だらけといっていい。鬼や妖怪や怨霊がうじゃうじゃ・・・。 その中でも天皇の怨霊がいちばん恐ろしいものであったのはいうまでもないことである。その最たるものが 「淳仁天皇の怨霊」である。「いかみの怨霊」に悩まされる光仁天皇の心中は、淳仁天皇の怨霊と「いかみの怨霊」がともに自分に祟るのではないかと非常な不安に陥っていたと思われる。その「淳仁天皇の怨霊」については、私のホームページがあるので、是非、次をご覧戴きたい。
http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/jyuonryou.pdf

今私は「天皇と怨霊」というテーマでこれを書いている。朝廷なり天皇が怨霊によって
その存続が危なくなるという問題を取り上げている。これは政治問題といえば政治問題である。朝廷なり天皇の存続がいちばん危なくなったのは、菅原道真の怨霊によってである。

今私は「天皇と怨霊」というテーマで律令制度の危機を語ろうとしているのだが、その場合、まず菅原道真の怨霊がどのように鎮められたのか、またどうして歴史上もっとも平和な平安時代という時代が作られていったのかを考えねばならない。その鍵を握るのは「天神信仰」である。

http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/tenjinsin.pdf

歴史上天皇を中心とする朝廷、つまり律令制度というものがいちばん危なくなったのは「平将門の乱」のときである。この危機を乗り切るためには、朝廷はなりふり構わぬ対策を講ずるが、最大の功労者は「浄蔵」である。このことについては、私のホームページを是非ご覧戴きたい。

http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/masakado.pdf

« 正義の偽装(その58天皇論1) | トップページ | 正義の偽装(その60天皇論3) »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1117507/55982560

この記事へのトラックバック一覧です: 正義の偽装(その59天皇論2):

« 正義の偽装(その58天皇論1) | トップページ | 正義の偽装(その60天皇論3) »