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2014年4月20日 (日)

正義の偽装(その50補足説明第2号の1)

正義の偽装(その50補足説明第2号の1)

私は先に、内田樹の「日本辺境論」(2009年11月、新潮社)の要点を紹介したが、その考えによれば、ジョン・ グレイの政治哲学が日本人の国民性に合っていることが十分理解できるのではなかろうか。
それではいよいよジョ ン・グレイの政治哲学を私流に説明していきたいと思う。 私は、これから世界が進むべき旗印は「自由、平等、共生」だと考えているが、「自由」 にしても「平等」にしても人それぞれに考えが違う。人それぞれに「価値観」が違うとい うことだ。そしてそれらの「価値観」が時により衝突して、政治的に大問題になることがある。それを平和的に解決するするにはどうすれば良いか?   その政治的解決方法が ジョン・グレイのいう「暫定協定自由主義」ということだが、そもそも価値観というものが人によって違ってくるのは何故なのか? それを日本人に判りやすく一言でいうとすると、「風土」の違いである。つまり、人それぞれ育ったところの土地柄が違いますからね、ということになる。
しかし、そんな情緒的な説明ではなく、ここでは「価値観」に関する「哲学」を説明することとした い。哲学的な説明は難しいが、 これからの時代、哲学的思考がないと日本人は世界でやっていけないだろう。日本人なら情緒的な説明で十分理解ができるが、 哲学的な説明をしないと世界には通用しないようだ。

では、「価値観」というものが何故人それぞれに違ってくるのか?  そのことに関連する哲学としては・・・プラトンの「コーラ」という哲学的概念がある。 生成の「場」とし ての「コーラ」である。まずその説明をして、最後に日本人向けの情緒的な説明をするこ ととしたい。 藤沢令夫という大先生がおられた。先生は、1956(昭和31)年京都大大学院修了 後、九州大助教授などを経て69年に京大教授に就任、退官後の91年から 97年3月まで京都国立博物館長を務めた人である。先生は、古代ギリシャ哲学が専門で、特にプラ トン研究で知られる。プラトン哲学の大家である。その先生 の著に、「自然、文明、学 問・・・科学の知と哲学の知」(1983年9月、紀伊国屋書店)という本があって、そ れに、『 プラトンの宇宙論が要請する根本 原理としては、原範型イデアと、生成の 「場」(コーラ)ないし「受容者」(ヒュポドケー)と、デーミウルゴス(創造 者)・・・これは、万有の動と変化の根 源であるプシュケー+ヌウスの神話的象徴と解 せます・・・・と、この三つを考えることができます。』・・・・という説明がある。
でも、生成の「場」としての「コーラ」と言われただけでは、私たちには何のことかさっ ぱり判らない。
ところで、私は前に、中沢新一の「精霊の王」(2003年11月、講談社)を勉強した。
http://www.kuniomi.gr.jp/geki/wa/seireo00.html

その「精霊の王」という本の中にも(コーラ)の説明が出てくる。それは次のように述 べられている。すなわち、 『  コーラは「母」である、とプラトン[『ティマイオス』]はいきなり宣言する。そ して、それは「父」とも「子」とも関わりのないやり方で、自分の内部に形態波動を生成 する能力を持ち、その中からさまざまな物質の純粋形態は生まれてくるのであると...語る のである。(中略)
  コーラは子宮[マトリックス]であると言われている。同じようにして、宿神もミシャ グチも子宮であり、胞衣だと考えられていた。その中には「胎児」が入っ ていて、外界の 影響から守られている。つまり、コーラは差異と生成の運動を同一性の影響から守り、宿 神は非国家的な身体と思考の示す柔らかな生命を、外界 を支配する国家的な権力の思考 から守護する働きをおこなってきたのだ。
  こうして私たちは、プラトン哲学の後戸の位置にコーラの概念を発見するのである。 この概念は、極東の宿神=シャグジの概念との深い共通性を示してみせるの だが、それ はおそらく、かつてこのタイプの存在をめぐる思考が、新石器的文化のきわめて広範囲な 地域でおこなわれていたためだろう、と考えるのが自然では ないか。
コー ラという哲学概念のうちに、私たちは神以前のスピリットの活動を感じ取ることが できる。西欧ではいずれこのコーラの概念を復活させる運動の中から、現代的 なマテリ アリズム(唯物論)の思考が生まれ出ることになる。その意味では、マテリアリズムその ものが哲学すべてにとっての「後戸の思考」だと言えるかも知 れない。》(第十章「多神 教的テクノロジー」,268頁,272頁)』・・・・・と。

また、オギュスタン・ベルクというすばらしい地理学者がいる。このひとは、1942年生 まれのフランス人であって、パリ大学で地理学第三課程博士号および文学博士号(国家 博士号)を取得後、1984~88年に、日仏会館フランス学長を勤めた人である。現在フラ ンス国立社会科学高等研究院教授。風土学の領野を 開拓し、画期的な独自の理論を構築 した人である。この人の最近の著書に「風土学序説」(2002年1月、筑摩書房)とい うのがあって、その中に、「神話に もとづいてプラトンは、場所(コーラ)を母に、存 在を父に、生成を両親の子に譬えているのである。」という説明があるが、これは中沢新 一の説明とほぼ同じ であろう。

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