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2014年4月 8日 (火)

正義の偽装(その39空なる天皇6)

正義の偽装(その39「空」なる天皇6)
第2章 天皇
第2節 私の天皇論
3、天皇の聖性と政治的権力
(2)「空」なる天皇(6)

(2、2)日本の「歴史と伝統・文化」の象徴である天皇(2) 

 第1条を書く際に論理的に明らかにしなければならないことは、天皇の象徴性を支える基盤が何か・・・ということである。次にこの点を考えてみよう。
 議論のたたき台として、私は、赤坂憲雄の象徴天皇論をとりあげたい。まずは赤坂憲雄の言っていることを紹介しておきたい。
 『 わたくしたちはすでに、戦後まもない時期の津田左右吉や和辻哲郎の一連の論考の中から、その後の象徴天皇制を基層においてささえる、もっとも 重要なイデオロギーの源流を掘り起こしてきた。津田は国家や宗教との結びつきを否定し、天皇がもっていた伝統的な権威はあくまで精神的なものであるとし、 <国民的結合の中心であり国民的精神の生きた象徴であられるところに、皇室の存在意義がある>(「建国の事情と万世一系の思想」)と語った。和辻はやはり 国家や国体との結びつきを否定し、天皇のおびる権威の宗教性を巧みに表層から沈めたうえで、<国民の全体性の表現者>(「国民統合の象徴」)として、<文 化共同体としての国民あるいは民衆の統一(同上)の象徴としての天皇のイメージを語った。
ふたりの思想家が、国家や宗教とはきりはなされた、文化的・精神的な象徴の位相に、新しい時代の天皇のあるべき場所をひき絞っていったことは、むろ ん偶然ではあるまい。国家・宗教から文化・精神への転換をはたすことによって、天皇という制度は戦後社会に生き延びてゆくわずかな方途(みち)を見出した のだ。あるいは、ふたりの思想家によって生き延びてゆく可能性を託されたのが、文化と精神という場所であったといってよい。』(赤坂憲雄「象徴天皇という 物語」1990年9月、ちくまライブラリー46)

 『 しかし、歴史の中の天皇が、<何よりもまず、祭りをする人であり、この国の最高祭司としての宗教的権威を、ながく承けつたえてきた存在>(村 上重良「天皇の祭祀」)であり、そのおびる宗教的権威ゆえに、歴史上つねに政治的権力=国家を掌握した勢力によって担ぎあげられる「玉(ぎょく)」のよう なものであったことは、やはり否定しがたい。天皇は常民大衆の精神的な帰依の対象として、あるいは、日本文化の生ける象徴として、千数百年の歴史をくぐり 抜けつつ存続させられてきたわけではない。天皇はつねに・すでに、常民大衆からはるかに遠い雲上界にいて、宗教や国家とともにあったのだ。伝統文化のにな い手としての天皇など、所詮、宗教や国家の隙間からこぼれ落ちた表層のイメージにすぎない。』(同上)
 赤坂がいうように、たしかに、天皇は常民大衆の精神的な帰依の対象として、あるいは、日本文化の生ける象徴として、千数百年の歴史をくぐり抜けつ つ存続させられてきたわけではないし、天皇はつねに・すでに、常民大衆からはるかに遠い雲上界にいて、宗教や国家とともにあったのであろう。そして、赤坂 は、伝統文化のにない手としての天皇なんてものは単なるイメージにすぎないのであって、そんなものは実際に存在したわけではないと主張する。もちろんそう だろう。伝統文化のにない手を文化的権力と呼ぶとすれば、天皇は、文化的権威であっても文化的権力ではない。天皇の権威は、政治的あるいは宗教的にもそう であるが、文化的な側面においても権力に作用するのであって、常民大衆の精神に直接作用するのではない。天皇はつねに、常民大衆からはるかに遠い雲上界に いてさしつかえないのである。
 天皇の象徴性を支える基盤は、わが国の「歴史と伝統・文化」にある。したがって、憲法の第1条については、『 天皇は、わが国の「歴史と伝統・文化」の象徴 』と書かれなければならない。これが私の主張である。

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