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2014年4月 2日 (水)

正義の偽装(その34空なる天皇1)

正義の偽装(その34「空」なる天皇1)

第2章 天皇
第2節 私の天皇論
3、天皇の聖性と政治的権力

(2)「空」なる天皇(1)
(2、1)日本の「歴史と伝統・文化」の心髄(1) 

奈良時代(ならじだい)は、日本の骨格ができた極めて画期的な時代であった。

 奈良時代とは、710年に元明天皇が平城京に都を移してから、794年に桓武天皇によって平安京に都が移されるまでの約80年間をいうが、この8世紀の初めに、国号を倭から「日本」と改めたと中国史書にみえる。
 この遷都には藤原不比等が活動したが、律令国家制度についてもその完成は藤原不比等の手になるといってもいい。奈良時代の前・飛鳥時代の「飛鳥浄御原令」「大宝律令」が、日本国内の実情に合うように多方面から検討され、試行錯誤の結果、遂に藤原不比等の手によって律令国家という天皇中心の中央集権国家が完成したのである。
 藤原不比等の目指した律令国家は、いうまでもなく中臣神道が精神的支柱であり、天皇中心の中央集権国家とはいうものの、藤原一族の絶大な権力を作り上げるものでもあった。藤原一族の横暴は長屋王の変にその極に達したが、そこが日本の歴史のおもしろいところで、河合隼雄のいう「ゆり戻しの現象」が始まる。主役は、聖武天皇と良弁のコンビである。二人とも藤原であって藤原でない。そこが実におもしろい。そして、さらにおもしろいというか、不思議にさえ思えるのは、その良弁が明恵に繋がっているという点である。明恵も藤原であって藤原でない。
 私は、日本の「歴史と伝統・文化」の心髄は、その「ゆり戻し現象」だと考えている。日本の「歴史と伝統・文化」の心髄は、山口昌男のいう「両義性社会」と言っても良いし(参考1、参考2、参考3)・・・・、中沢新一のいう「対称性社会」と言っても良いかもしれない。私は、私流に・・・「違いを認める文化」とか「両頭截断」 と言っているのだが、この場面では、「ゆり戻し現象」と言った方が判り良い。藤原不比等の手によって律令国家という天皇中心の中央集権国家がまさに完成し た・・・その時に、聖武天皇と良弁のコンビによって、「ゆり戻し現象」が起こって、わが国は「両義性社会」というか「対称性社会」が維持されるのである。 藤原不比等が、紀記を背景につくり挙げた「中臣神道」に対抗して「東大寺の仏教」が誕生する。
 すでに触れたように、東大寺は不思議な寺院である。寺院としての性格は、明らかに律令仏教であるが、山林仏教としての性格もすでに色濃く帯びている。その点は、日本の「歴史と伝統・文化」の心髄というものを認識する上で大事な点である。

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