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2014年4月16日 (水)

正義の偽装(その47空なる天皇14)

正義の偽装(その47「空」なる天皇14)
第2章 天皇
第2節 私の天皇論
3、天皇の聖性と政治的権力
(2)「空」なる天皇(14)

(2、4)天皇について思うこと・・それは「空」!(3)

それでは、「空」を「力の充溢した空間」であるという仏教哲理について、少々勉強しておきたい。 私は先に、『 プラスは「陽」であり、マイナスは「陰」である。ものごとはすべて「陽」か「陰」で ある。善があれば悪がある。美があれば醜がある。二元論で理解するのがわかりやすいのだが、実は、真実はそうではないらしい。善であり悪である。善でもな いし悪でもない。二元論であるあるテーゼを肯定したのち、それを否定して、最初のテーゼとはまったく逆のアンチテーゼを考え、さらにそれも否定して、テー ゼとアンチテーゼを新たに統合するというかアウフヘーベンして、ジンテーゼをつくり出すやり方は弁証法。そういう弁証法的な思考方法を、私は、禅語の一部を引用して「両頭截断」といっている。』・・・と述べた。
 今地球環境が問題になっているが、地球の持続的発展を前提に、現在のビッグバン理論をもとに宇宙の力を考えてみよう。この世界の「モノ」はす べて変化している。循環的な変化もあるし、どのような変化をしていくのかわからないような変化もあるが、ともかくすべての「モノ」は変化している。生物の 死と誕生もその変化のひとつであるし、森の多産性もその変化のあらわれである。道具は壊れるが、しかし新しい道具が生れ出てくる。もちろん人間が創り出し ているのであるが、よくよく考えてみれば、人間の創り出す力なんてものはたいしたものではない。無から有を創れないからである。ガラスにしても鉄にしても この地球が創り出したものではないか。いな、その地球すらはじめかあったものではなく、宇宙の創造力が創り出したものである。すべて宇宙の力である。ビッ グバンによる宇宙の変化の力がすべての「モノ」に及んでいるのである。「モノ」には、現実には見えないけれどたしかに変化の力がある。人間がそうであるよ うに、いつどのような姿に生まれ変わるかはわからないけれど、この宇宙から消えてなくなってしまうということはない。必ずいつかはないかの形で生まれ変わ るのである。再生するのである。しかもその変化は進化発展的である。すなわち、本来、「モノ」には「タマ」による多産性の力があるのである。その「タマ」 の力は私たちには見えない。密封の容器に隠れている。このタマは「たまご」や「かひ」のような容器の内部で成長をとげ、やがて殻を破ってこの世界にあらわれてくる。「あらわれる」が 「ある(存在)」であり、このようなタマの密封・成長・出現の全プロセスには、いささかの否定性も関与していない、というところが重要なのであ る。
 私は、今ここで、ビッグバンによる宇宙の変化の力を、「タマ」の力と見立てている。物質の最小単位は、原子である。原子は、陽子と電子からできている。このことと陰陽の考えとは直接関係がないのだが、話としてはわかりやすいので、プラスは「陽」であり、マイナスは「陰」であるとしておこう。
 ところで、ものごとはすべて「陽」か「陰」である。善があれば悪がある。美があれば醜がある。二元 論で理解するのがわかりやすいが、そのように考えれば、陰陽の一杯つまった容器は、電気的にはゼロである。ゼロでありながら物質の素(もと)である陰陽が 一杯つまっているのである。このような例え話は適切でないかもしれないが、ゼロの容器に一杯ものがつまっているということの理解はこのような例え話で可能 になるのではないか。一杯あるものがゼロということは確かに判りにくい。華厳哲理では、「多は一であり、一は多である」などというが、「空」の説明は実に 難しい。何とかわかりやすい説明がないかと苦労しているのだが、さて、如何なものであろうか。


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