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2014年4月 5日 (土)

時事問題3

震災復興と日本人の霊性

4月6日の「世界日報Sunday版」で、京都大学名誉教授で秩父神社宮司の園田稔に対し、「震災復興と日本人の霊性」というテーマで今最も重要なことを聞くということで、特集が掲載された。
今私は、佐伯啓思の「正義の偽装」という本との関連で、わが国の民主主義のあり方を書いている。わが国の民主主義は、佐伯啓思が主張するように、天皇を中心に形成されてきた統治形態によるものが良い。欧米の民主主義は、政治権力の背景に権威というものがないので、ややもすると権力闘争に陥りやすく、その結果、衆愚政治に陥りやすい。目下は「正義の偽装」に関連して私の「天皇論」をアップしているところだが、この「正義の偽装」シリーズが終わると、靖国問題に関連して、御霊信仰について書こうと考えていろいろと準備中である。日蓮が言ったように、天変地異と疫病は正しい宗教が国民の間に広ろまないと治まらない。今回の世界日報特集における園田稔の指摘は、そのこととも関連してくるので、今回の世界日報特集の要点を時事問題として今アップしている「正義の偽装」シリーズの合間を利用して取り急ぎアップする次第である。

東日本大震災の復興における神社の役割について園田稔は、(1)日本人古来の「いのちの森」を神々の座とする神聖観念に基づく神社境内の整備、(2)地域コミュニティー再構築の要となる神社活動の推進、(3)コミュニティー文化たる神社と神事祭礼の宗教性の自覚と啓発・・・の三つを挙げ、自らも先頭に立って被災神社の社殿や祭り、鎮守の森の再生などに取り組んでいる。その園田稔が次のように述べている。すなわち、

『 被災地を訪ねると、自力での復興で顕著だったのは祭りと郷土芸能で、東北が苦を提唱した民俗学者の赤坂憲雄・学習院大学教授(福島県立博物館館長)は、「被災地の至る所で宗教が露出している」と語っていた。』

『 行政は硬直的な政教分離の原則から、宗教施設への支援が行えないという問題がある。政府の震災復興構想会議で玄侑宗久師や赤坂憲雄教授も指摘したが採用されなかった。』

『 従来の欧米発想のコミュニティー論は、人間だけの、しかも生きている人だけの地域社会だが、柳田国男が指摘したように、日本の町は自然と一体で、さらに、そこに鎮まる先祖たちも参加したふるさととしての地域社会である。そこに郷土愛が生まれ、アイデンティティーも形成され、住民の絆が強まる。祭りや郷土芸能、先祖供養などを通して、いのちの交流をもったコミュニティーづくりを提案したい。そのシンボルが鎮守の森である。』

『 風光明媚な日本列島は、同時に自然災害列島でもあり、長い歴史の中で日本人はそれを凌(しの)いできた。むしろ、大きな災害から復興する中で、新しい文化を築いてきた。たとえ破壊がもたらされても、そこから立ち直る文化を培ってきた。長い目で見ると、自然に対する信頼は失っていない。』

『 仏教では、死者は遠くの西方浄土に行くと教えるが、日本人は古来、先祖は近くの山などにいると思っていたから、浄土思想は受け入れながら、死者は近くにいて自分たちを見守っているとしてきた。そして、修験道が「山の霊性」と人間の命をつないで神仏を習合し、今に続く日本人の霊性の土台を形成してきた。日本人の来世は現世とかけ離れたものではない。神道では現世(うつしよ)と幽世(かくりょ)と言い、幽世(かくりょ)はみえなくても同じ現世(うつしよ)である。そのため、現世に祀られることで「御霊」が鎮まる。死者を現世に祀り留めることでつながりを保ち、安心して暮らしていける。そうした死者に対する儀礼を、家族を超え共同体として行うことで、地域社会が形成されてきた。』・・・と。

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