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2014年4月14日 (月)

正義の偽装(その45空なる天皇12)

正義の偽装(その45「空」なる天皇12)
第2章 天皇
第2節 私の天皇論
3、天皇の聖性と政治的権力
(2)「空」なる天皇(12)

(2、4)天皇について思うこと・・それは「空」!(1)

以上今まで、天皇の聖性という観点からいろいろ書いてきて、今、天皇について思うこと・・それは「空」ということである。したがって、(2、1)から(2、3)を束ねて『「空」なる天皇』というタイトルにした。ここでは『「空」なる天皇』という一連の考察の最終稿として、そもそも「空」とは何かを考えてみたい。「空」なる天皇が私たち国民の力の源泉であるという事がはっきりしてくるであろう。

私は、国家の統治構造のあるべき姿を「中空均衡構造」と言っているのだが、ここにも「空」という文字が含まれている。では、そもそも「空」とは何なのか? 中沢新一は「空」を「力の充溢した空間」と言っているが、「空」という言葉を使うときは、否定的な「空」つまり「無」なのか、肯定的な「空」つまり「有」なのか、そこはきっちり意識しておかなければならない。
 私は、多分、中沢新一とはちがって、天皇というものを少なくとも理想的には肯定的な「空」と考えている。何もないときは無力というか普通に見える けれど、いざ国の危機存亡というときはそれを乗り越える力を発揮する・・・そういう存在を天皇の理想像としているのだが、はたして私が「空なる天皇」という とき、そういう意図が透けて見えるだろうか。いつに「空」の概念にかかっている。「空」の概念が国民の間にどの程度定着しているかにかかっている。

 さて、私は、中沢新一の著書「精霊の王」に関する一連の勉強のうち、第一章において次のように述べた。
 『 私は、かって、中沢新一の「モノとの同盟」という考えを紹介し、その中で、「モノ」と「タマ」についても勉強をした。上 の文章では、「空」は「力の充溢した空間」と言っているが、これはまさに「タマ」そのものではないか。私たちは、仏教哲理に弱いし、「空」の概念を身につ けていない。何となしに判ったようで判らない・・・そんな感じだと思うが、「翁」つまり「宿神」を理解するには、まずは「空」の概念を身につけることがい ちばん大事なことかもしれない。「空」は何も無い空間ではない。何も無いように見えるけれど、実は、「力の充溢した空間」なのである。ここがいちばん肝心 なところである。
 このようにお考えいただければいいかもしれない。プラスの電子とマイナスの電子が一杯充満している としよう。外見上プラスマイナス0、すなわち「空」であっても、その空間には電子は充溢している。だから、その内包空間から多くの電子が外へ飛び出すこと もある。その電子が外に飛び出し、何らかの不可思議な形を作ろうとしている・・・・その様子が「翁」であり「宿神」である。 』・・・・と。


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