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2014年4月 3日 (木)

正義の偽装(その35空なる天皇2)

正義の偽装(その35「空」なる天皇2)

第2章 天皇
第2節 私の天皇論
3、天皇の聖性と政治的権力

(2)「空」なる天皇(2)
(2、1)日本の「歴史と伝統・文化」の心髄(2)

 日本の「歴史と伝統・文化」の心髄は何かと河合隼雄に聞いたら、河合隼雄は「心髄がないのが心髄だ」と言っていたが、私は、日 本の「歴史と伝統・文化」の心髄は大事な時にきっちり「ゆり戻し現象」が働くことにあると考えている。わが国は、ヨーロッパやアメリカのような非対称な社会ではない のである。
 わが国では、大事な時にきっちり「ゆり戻し現象」が働くのである。明治から終戦までの軍国主義に対して、今は、その「ゆり戻し現象」として平和主 義が定着している。今もっとも大事なことはわが国の自主憲法を創ることだが、しかし、それは、現在の平和憲法を下敷きに・・・最小限の修 正を施すだけでいいのではないか。大事なことは、日本の「歴史と伝統・文化」の心髄というものを意識して、明治とははっきり決別することだ。靖国問題についても、表面的な議論だけでなく、日本の「歴史と伝統・文化」の心髄というものをはっきりさせて・・・もっともっと奥深い議論をしなければならないのではないか。
 国家というものは権力体によって統治される。権力体は、明治維新以降は立法と行政と司法の三権に分立され、それを、通常、国家権力と呼んでいる。 それまでの武家社会では幕府である。統治されるのは、一言でいえば、国民であるが、個々の国民のほか、企業、社団法人、財団法人、非営利団体等を含む。統 治するものとされるもの、これを二元論的に呼ぶとすればどう呼ぶのがいいか。いろいろと探してみたが、統治体と被統治体という以外に、今のところ言葉がな いようである。したがって、今後、私は、権力体のことを統治体、統治される国民のことを被統治体と呼ぶことにする。統治という行為に焦点を絞っての呼び方 である。ここでは、統治という行為に焦点を絞って、国家構造のあり方を考えてみたい。
 日本神話の構造は、基本的にはトライアッド構造でだが、それは「グウチョキパー構造」ではなくて、二つの相対す るものとその中間的の存在の・・・トライアッドである。その中間的存在は、理想をいえば、無為であればあるほどいい。無為を理想とする思想、それは老荘の 思想でもあるのだが、河合隼雄は、そういう思想は日本にも古来からあった世界観、宗教観であると言っている。河合隼雄はそういう無為の存在を中心としてト ライアッドを「中空均衡構造」と呼んでいる。アメノミナカヌシという無為の中心が、すべての創造の源泉と考えられている。河合隼雄もいうよう に、自然とともに生きる民族の理想とする国家構造はトライアッドな中空構造である。そこで、私は、トライアッドな中空均衡構造(以下、中空構造と呼ぶ)と いうものを念頭において、これからあるべき理想の国家構造というものを検討することを提唱したい。 


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