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2014年3月 7日 (金)

平将門の挫折(1)

平将門の挫折 1

1、平将門の新皇即位式

平将門は、平氏の姓を授けられた高望王(たかもちおう)の三男平良将の子である。
高望王は桓武平氏の祖であるので少し説明しておこう。高望王は、桓武天皇の孫であるが、寛平元年(889年)、宇多天皇の勅命により平朝臣を賜与され臣籍降下し平高望を名乗った。そして、高望はその9年後に上総介に任じられる。当時の上級国司は任地に赴かない人が多かったが、高望王は、長男国香、次男良兼、三男良将を伴って任地に赴いた。高望親子は任期が過ぎても帰京せず、国香は前常陸大掾の源護の娘を、良将は下総国相馬郡の犬養春枝の娘を妻とするなど、在地勢力との関係を深め常陸国・下総国・上総国の未墾地を開発、自らが開発者となり生産者となることによって勢力を拡大、その権利を守るべく武士団を形成して、その後の関東における桓武平氏の基盤を固めた。関東における桓武平氏とは、千葉氏・上総氏・三浦氏・土肥氏・秩父氏・大庭氏・梶原氏・長尾氏のいわゆる坂東八平氏をいう。
しかし高望王は、その後延喜2年(902年)に、西海道の国司となり大宰府に居住、延喜11年(911年)に同地で没する。なお、着任早々の翌年には、彼の上司である太宰府の長官・菅原道真も同地で没しているが、ほぼ1年間は菅原道真と接して、菅原道真の恩顧を受けたものと思われる。平将門の父・良将は太宰府には付いて行っていないが、当然便りはあっただろうし、孫の将門も菅原道真の人柄などは父から聞かされていたのではなかろうか。これは全く私の想像だが、将門にとって菅原道真は子供の頃から尊敬すべき人物であったのではなかろうか。私はそう思う。

以上の通り、平将門は桓武天皇の5世である。そういう平将門は、本来、朝廷側の人間であるが、下総国、常陸国に広がった平氏一族の抗争から、やがては関東諸国を巻き込む争いへと進み、その際に国衙(こくが)を襲撃して印鑰(いんやく)を奪い、京都の朝廷(朱雀天皇)に対抗して「新皇」を自称するのである。よほどの事情があったに違いない。平将門は、東国の独立を標榜したことによって、遂には朝敵となる 歴史上得意な人物である。

本来朝廷側の人間である平将門が京都の朝廷(朱雀天皇)に対抗して「新皇」を自称した。それにはよほどの思いがあった。そのことについては、大分前のことになるが、NHKテレビ放送の「そのとき歴史は動いた!」で「平将門の乱」が取り上げられ、その番組で詳しく説明されている。それが現在YouTubeで見られるので、それを紹介しておこう。なぜ平将門が東北独立王国の樹立を目指したのか、その辺の事情がよくわかる。とても良い番組であると思う。

http://www.youtube.com/watch?v=b0lGmPRiEm0
http://www.youtube.com/watch?v=4KBPh8cZQb8
http://www.youtube.com/watch?v=V1_SM9YsI48
http://www.youtube.com/watch?v=8Zb7tDkxmcU

さて、平将門は、驚くべきやり方で「親王就任式」をやっている。上の番組では、巫女の託宣による権威づけを強調しているが、それもあるにはあるが、それ以上に私が驚くべきやり方というのは二つある。「親王就任式」の権威付けに、一つは八幡大菩薩を持ち出していることと、もう一つは菅原道真の怨霊を持ち出していることである。実に驚くべき知恵である。まず、「将門記」によって「親王就任式」の様子を見ることにしよう。。義江彰夫の「神仏習合」(1996年7月、岩波書店)からの抜粋である。
「将門記」では、「関東諸国府を軍事制圧した将門は、939年12月、上野(こうずけ)国府に進駐して新皇即位の儀式を行なうにいたった」と述べ、そのありさまを次のように伝える。すなわち、
『 将門は、府を領して庁に入り、四門の陣を固め、かつ諸国の除目(じもく)を放つ。時に、一晶 伎(かんなぎ)ありて、云えらく、八幡大菩薩の使いと口走る。朕(ちん)が位を蔭子(おんし)平将門に授け奉る。その位記(いき)は、左大臣正二位菅原朝臣(あそん)の霊魂表すらく、右八幡大菩薩、八万の軍を起こして、朕が位を授け奉らん。今すべからく三十二相の音楽をもて、はやくこれを迎え奉るべしとい えり。ここに将門、頂きに捧げて再拝す。いわんや四の陣を挙りて立ちて歓び、数千しかしながら伏し拝す。・・・・・ここに自ら製して諡号(いみな)を奉 す。将門を名づけて新皇という。 』・・・と。
この「将門記」に記された儀式のありさまは、実に、驚くべき内容に満ちている。「新皇」即位という破天荒な儀式が巫女によって演出されたというだけでなく、即位を正当化するものとして、八幡大菩薩と菅原道真が登場しているからだ。

それでは、以下において、逐次、なぜ驚くべきないようなのか、そのことについて説明をして行きたい。

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