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2014年3月12日 (水)

天神信仰(1)

天神信仰について(1)

1、天神信仰の大前提・・・浄蔵の果たした役割(1)

 菅原道真が太宰府に配流(はいる)されて不遇のうちに死んだことはよく知られている。天満宮は受験生に大変人気の神社であり、そこでは、菅原道真は学問の神様になっているのだが、天満宮ができるまでは、道真の怨霊が凄かったらしい。その怨霊を鎮めるために北野天神社ができるのだが、そこまで知って いる人は比較的少ないかも知れない。以下、菅原道真の怨霊について少しお話ししたい。

 「北の天神縁起」などによると、菅原道真が死んで幾月も経たないある夏の夜、道真の霊魂が比叡山の僧坊に現れて、尊意(そんい。道真が仏教を学んだ師)に向かって、これから都に出没し怨みを復讐ではらす決意を述べ、邪魔をしないようお願いをしたのだそうだ。その後、道真の怨霊は暴れまくることにな る。

 その後数年経った908年10月、道真配流の首謀者のひとり藤原菅根(すがね)が54才でなくなったが、都では道真の怨霊の祟りだという噂が流れた。そして、翌年、道真の怨霊はいよいよ核心に迫っていく。

 道真配流の張本人・藤原時平は、すでにこのとき病床にあったが、天竺渡来の妙薬も効き目がなく、また陰陽師(おんみょうし)の祈祷の効き目もな かったので、文章(もんじょう)博士・三善清行(きよゆき)は、自分の長男であり当時都でもっとも有名であったかの浄蔵(じょうぞう)に加持祈祷をさせる ことになった。
そもそも道真と、浄蔵の父・三善清行(847年―919年)は長年、学者・官僚としてのライバルで、清行はむしろ道長を左遷した時平の側にいた人物でもあったのです。

延喜9年(909)、苦しむ時平の病の原因が道真の怨霊の仕業だとわかると、名だたる僧侶が時平の元に呼ばれ祈祷をおこないます。が、いっこうに効果は みられません。そこで、時平と親交が深く、調伏師としても世間の評判が高かった清行の子・浄蔵が呼ばれ加持祈祷をおこないます。父に連れられた浄蔵が畏まって祈祷すると、床に伏していた時平の左右の耳から青龍の頭があらわれ、道真の怨霊が無実の罪を述べるという妖しげな出来事がおこった。 
 ところが、4月4日のこと、清行が時平のところに見舞いに行くと、道真の霊は、時平の左右の耳から二匹の青竜となって現れ、次のように語りかけた。

 「無実の罪で配流となり、太宰府で死んだ私は、今や天帝(梵天ぼんてん・帝釈たいしゃく)の許可を得たので、怨敵に復讐を加えようと決断をした。なのにおまえの息子浄蔵は頻繁に時平を加持祈祷している。どうせ無駄なことだから、やめさせよ。」

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